著者:神林長平 出版:早川書房 感想: 未来の異惑星を舞台に、戦車兵と意識ある戦車との交流を描く軍事SF。この著者お得意の主題が、<戦闘妖精・雪風>よりも親しみやすい調子で語られていく。登場人物も、だいぶ俗っぽい。読みやすいが、重厚な主題をひめた戦争SFといえる。 舞台となる惑星ドーピアでは、原住アンドロイド軍と地球連合軍 対 バシアン軍の戦争がつづいていた。バシアンは、非地球生命であることは確かだが、その正体や意思は地球側には分からない。かれらの気象爆撃をはじめとする攻撃は、地球軍の脅威であった。 そんななか、戦車乗りであるアムジ一等兵とミンゴ二等兵は、日々、いかにして出撃命令を避け、生き延びるかということに腐心していた。 彼らの楽しみはといえば、愛用の戦車<マヘル−シャラル−ハシ−バズ>の整備をムダに丁寧にしては見つけなくてもいい故障箇所を見つけ、整備と称して酒盛りをしたり、女遊びをすることであった。 ところがある日、地球から、若い少尉、カレブ・シャーマンがかれらの戦車長として着任する。かれは、実戦経験もないくせに、自分が打ちたてた戦術理論の研究のためにやってきたのだった。 何の根拠もなく自分を「天才だ」と言いはるシャーマン少尉を前にして、アムジとミンゴは、なんとかして生き延びようと、激しい戦闘のなか、必死で車長を支えていく。 と、中盤あたりまではこういう展開で、敵軍の正体が明確には語られず、想像力をかきたててくれる。 また、司令部のコンピュータが職務を放棄して野生化してどこかへ行ってしまっただとか、繁殖するアンドロイドだとか、この著者一流の、「機械の意思」「機械と人間の交流」という主題が見え隠れしつつ、シャーマン少尉が徐々に部下たちと打ち解けていく様子がえがかれている。 おそらくはボンボンで、地球に残してきた恋人が忘れられないというシャーマン少尉のキャラクターが人間臭く、やたら性欲のおうせいなアンドロイド看護婦に誘惑される場面のあたりは微笑ましい。 そして、次第に明らかになってくるのが、このドーピアという星の奇妙な歴史である。 当初、数世紀前に、地球人類がはじめて入植。しかし彼らは、原因不明の絶滅を遂げる。最初の地球人たちは、絶滅する前に、自らの意思を継ぐものとして、繁殖可能なアンドロイドの種属を残した。 いまでは彼らは、(創造主は神とあがめているが)地球人と対等な連合軍を形成する、独自の知性種属として認められており、主人公たちとも対等に口をきき、独自の文化をもっているのである。 アンドロイドのくせに……と思いがちなシャーマン少尉たちと、この種属との意識の対比が、文化人類学的で、興味深いところ。 そして、中盤以降は、しだいにマヘル−シャラル−ハシ−バズが「意識」に目覚めていく。 このあたりは、「かつて発狂して野生化した旅団司令部コンピュータ」などの伏線とうまく絡め、機械のもつ知性とは何なのか、機械生物にとっての「繁殖」の概念、など、非常におもしろい展開をみせてくれる。 とくに、人工知能とただの電子計算機をわかつ点が、「無意識」の有無だという発言が目を引く。 無意識領域を秘め、好き嫌いすらはっきり言えるコンピュータ。マヘル−シャラル−ハシ−バズが、ついにそうした自己の意識にめざめたとき、かれが望むものは、軍用車輛としては実に意外なものだと判明する。それは、軍用車輛であるかれの存在そのものを否定しかねない。 しかしそれゆえ、シャーマン少尉をいたく感動させるのである。 そして、シャーマン少尉をはじめとする三人……いや、マヘル−シャラル−ハシ−バズも加えれば四人である……は、未だに稼動しているという「遺跡」に秘められた謎をさぐり、なぜ最初の入植者たちが絶滅したのか、機械と人間の共存は可能なのか、といった疑問を解き明かすため、無人対空戦車部隊をひきつれて、「遺跡」をめざすのである。 そして、かれらがついに「遺跡」に到達したとき、すべての謎が……。 全体的には、<雪風>と通じる主題を扱いながらも、あまり深く考えこまずに読める作品となっている。 とくに、<雪風>の深井零中尉の、あの非人間的ともいえる特異なキャラクターと比べると、こちらに登場する三人は、いずれも非常に泥くさく、いかにも戦車乗りといった印象である。 マヘル−シャラル−ハシ−バズの兵器としての描写は、さすがに読んでいて興奮するものがある。ただ、遥かな未来の戦争のはずなのだが、さほど異質な戦車ではないようだ。 というのも、この惑星では、高度な人工知能を搭載したミサイルなどが、自分の存在意義について悩みはじめるという現象が生じるらしいのである(笑) 中には、苦悩したあげく、発射した砲にむかってUターンする砲弾もあったとか。劇中、噂話として語られるだけだが、そうした経緯があって、あまり高度なSF兵器は登場しないようだ。 とはいえこのマヘル−シャラル−ハシ−バズ、主砲が対空用にも使えたり、対空機銃が装備されていたり、時速150キロをたたき出したりするあたりは、さすがに現用の戦車よりは進歩しているようだ。この微妙な進化具合は、ミリタリー好きには、かえってリアリティがあって嬉しい。 機械知性という問題は、わたしも自分の作品であつかっているので興味があり、そのため本作は以前から読みたいと思っていた。 たしかに、マヘル−シャラル−ハシ−バズが自意識に目覚めた以降の展開は、SFならではの面白さがある。ただ、欲を言うならば、もうすこし、「意識ある戦車」という設定を前面におしだしたほうが、その主題がきわだったかもしれない。この点では、異質な知性のもつ背筋の凍るような感覚を感じさせてくれた<〜雪風>には及ばない。 読む前は、この星では知能戦車が一般的なのかと思っていたが、無意識領域に目覚めて「イドの蓋をとれ」る戦車は、マヘル−シャラル−ハシ−バズ一輌だけのようだ。 「知能をもつ相棒としての戦車」という設定には激しく魅かれるので、かれらのその後の活躍を、続編かなにかで読みたいところだが、どうもそういう話は聞かない。その点は残念である。 そういった理由から、拙作<三龍戦騎RPG>で、シンテツ乗りをPCとする方や、機械知性、機械と人間の交流、そして<戦闘妖精・雪風>読者には、本作を参考として強く勧める。 まだ<雪風>を読んでいない方は、まず本作から入り、<雪風>を読むとより楽しめるかもしれない。もちろん、両者は、互いに何の関係もない作品であるので、別々に読んでもかまわない。 |
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