追跡者S・改 第1話「姿なき追跡者」2章(第1話は全部で4章だぜッ!)
追跡者S
第一話
「姿なき追跡者」
2章

 二機の小型宇宙艇は地球の大気圏に突入した。

 たちまち機体が真っ赤な炎に包まれ、宇宙艇は真紅の流星となって落下していく。機体には無数の弾痕が穿たれ、損傷しているためにコントロールがきかない。

 それを追って、二機の宇宙戦闘機も大気圏に突っ込んだ。

 ときおりレーザービームを浴びせかけつつ、追撃していく。

 宇宙艇も戦闘機も、高度なステルス性を有しているために、地球のレーダーには映らない。

 二機の小型艇は、それぞれ正反対の方向へ機体を翻した。それを追って、宇宙戦闘機も一機ずつに分かれる。

 一つの艇は、偶然にも日本列島へ向かっていた。

 その機体に、異星の戦闘機は執拗に攻撃を加える。無数の黒煙の尾を曳きつつ、小型艇は大気を切り裂いて落下していった。

 やがて、眼下に都市の夜景が広がってきた。二機の飛行体は、都市の上空をかすめていく。



 部室の上にある小型の観測ドームで、俺は天体望遠鏡をいじっていた。すでに完全に日が暮れて、学校は昼間のやかましさが嘘みたいに静まり返っている。

 ドームから望む校舎は真っ暗で、薄気味悪い。この学校は東京のはずれにあるから、周辺の明かりもまばらで、夜は本当に暗い。もっとも、おかげで天体観測はし易いけど。

 望遠鏡を操作し、星図をみて今夜の観測対象を決める。

 自分で言うのもなんだが、ほんとにいい加減なものだ。

「…で、核爆発した大気改造ステーションを後にした一行は、ドロップシップでスラコ号へ戻るんだけど、何とそこには…」

 エミはまだ一人で話し続けている。俺が聞いてるか聞いていないかなんてことは、もはやどうでもよくなってるらしい。ここまで自分の世界に浸れるってのは、ある意味ですごいかもしれない。

「………」

 ふと気がつくと、エミがお喋りをやめている。

「どうしたんだよ、エミ」

「ねえ、あれ、何かしら」

 夜空の一点を指さして、エミが訊いた。

「ん、どれどれ。ほんとだ、なんだありゃ」

 夜空の彼方で、二つのオレンジ色の発光体が疾駆していた。

 一つは一直線に落下しているように見えるけど、もう一つはくるくるとよく動いている。

「自衛隊の戦闘機じゃないか」

「あんな飛び方のできる戦闘機なんて地球上には存在しないわよ」

 素人はこれだから困るわね、というような目でエミが冷ややかに俺を横目でみた。エミの悪い癖だ。

 と、一瞬、蒼白い光線が夜空を走った。発光体の一つが火を噴く。

「レーザービームだわ! 大気をプラズマ化させるほど強力な」

 炎を噴き出した発光体が、高度を下げてきた。だんだんそのオレンジ色の光が強まってくる。

「こっちの方に向かってくるわね」

 発光体が空気を切り裂く金属音が聞こえてきた。もはや発光体は、眼前に迫っている。こ、これはやばい…!

「う〜ん、こりゃ墜ちるわ」

「冷静に分析してる場合じゃねえ! 伏せろ!」

 俺がエミの手を引っつかんで床に伏せたとき、開け放たれていたドームの天井から、強烈な閃光が差し込み、轟音とともに通りすぎていった。

 俺は、発光体の放つ熱気まですぐそばに感じた。

 その後に続いて、グワーンという爆発音と地響き。校舎の窓ガラスがあちこちで砕け散る音が聞こえた。

「見て、アズマ!」

 立ち上がってドームの外に目をやると、校舎の向こう側から立ちのぼる紅い火柱が見える。

「裏山に墜ちたな」

「行ってみましょうよ!」

「ちょっとまてよ、こういうときはまず警察に」

「なに言ってんの! この部屋には電話なんてありゃしないじゃないのよ」

「あ、そうだった」

 ここらへんが、弱小文化部の悲しいところである。



 学校の裏手には雑木林に覆われた小高い丘がある。その一角に、発光体の残骸はあった。

 周囲の木々は黒焦げになってなぎ倒され、ちろちろと赤い炎の舌が舐めている。もっとも、じきにそれも消えそうであった。

 なぎ倒された木々の中央には、激突の凄まじさを物語るかのように、数メートルはありそうな大穴が口を開けて、ゆらゆらと黒煙をくすぶらせていた。そのまわりには、無数の焼け爛れた金属片が散らばっている。

 エミは金属片の一つを拾いあげて、引っ張ったり撫でたりして調べている。

「みたこともない金属だわ。チタンでもジュラルミンでもないし」

「お前、よくわかるな、そういうの」
びあ  と、紅いカーテンのような光がさっと周囲を照らした。

 光は移動し、木々や残骸を舐めていく。立ちのぼる煙が、紅く染まって闇夜に浮かび上がった。

「さっきのUFOだわ!きっと残骸を走査 スキャンしてるのよ!」

 上空から、奇妙な形をした飛行機らしきものが照らしているのだ。ほどなくして光は消え、そのUFOは猛スピードで夜空の彼方へと消えていった。

「……はぁあ」

 期せずして、俺とエミの安堵のため息が一つになった。

「いったい、なんだったんだろう」

「宇宙人に決まってるじゃない! きっとこれが、第一種接近遭遇ってやつなのね!」

 エミは嬉しそうに言う。いったいどういう神経をしてるんだ!
俺は生きた心地がしなかったってのに…。

「なあ、これからどうするよ? まず駅の方に行って、警察に通報するか。それとも自衛隊の方がいいかな」

 エミの返事がない。

「おい、エミ! 聞いてんのか!」

「アズマ、あれ…」

 エミが夜空を指さした。

 エミの指さす方向には、青白く発光する球体が浮かんでいた。今度はなんだ!?

「またUFOだわ!」

 と、発光体が動きだし、俺らの方へ向かってきた。まるで意思をもっているかのように、急速に迫ってくる。

「逃げるぞ、エミ!」

「あ、うん」

 エミの手をひいて、俺は走りだす。

「追ってくるわ!」

「くそっ!」

 舌打ちして振りかえってみる。青白い発光体は、ぴったり俺らの後ろ数メートルのところを追ってきている。

 さきほどのUFOに比べて、ずいぶんと小さい。せいぜい二十センチくらいの大きさで、UFOというより、人魂と言った方がしっくりくる。

「きっと宇宙人の探査機プローブよ!」

「んなこたぁどーでもいい!」

 全力疾走! 俺は無我夢中で走る。これまでの人生で、これほど真剣に走ったことはない。なにしろ追いつかれたが最後、何をされるか分かったもんじゃない。

「ちょっとアズマ、もういいわよ!」

 さすがに疲れたらしいエミが抗議の声を上げた。後ろを見ると、あの発光体は消えていた。

「ふうぅ」

 ぜえぜえと荒い息をつきながら、部室に戻る。荷物をまとめて、駅の方へ足を向けた。周りは田んぼばっかりで、街灯の明かりが寂しげに佇んでいる。

 あと二十分も歩けば、賑やかな駅前商店街につく。

 さっき走った疲れが出たのか、俺とエミの足取りは重い。

「俺はもう、とうぶん天体観測はご免だからな!」

「そう? またこんなことが起きたら楽しいと思うけど」

 ほんっっっとに、どーゆー神経をしとるんじゃ、この特撮おたくは!

「『私はM78星雲からやってきた宇宙人だ』なぁんて言っちゃったりしてね、きゃははは!」

 ……なんだか俺、頭痛くなってきた。

「あのなあ、エミ!」

 俺は傍らの街灯に手を突っ張って、エミに向き直って一言いった。いや、言おうとした。

 俺の手は虚空を掴んでいた。バランスを崩し、よろける。

 ほんらい街灯の支柱があるべきところに、なにもなかったのだ。ただ数メートル上に、光だけが虚空に浮いている。

「危ないな、なんだこの街灯は……わあっ!」

 それは、さっきの人魂だった! 一瞬で、文字通り俺の目と鼻の先に占位する。

 俺は、街灯と人魂とを勘違いしてしまったのだ。

 人魂はそれをみこして、街灯のふりをしていたのかもしれない。

 ぴったりと俺の鼻先にくっついたまま、人魂は動かない。自分の鼓動がやけに大きく聞こえてきた。冷たい汗が流れ落ちていくのが感じられる。

「ア、アズマ!」

 エミの叫びが聞こえた−と思った刹那、眼前で猛烈なフラッシュがひらめいた。一瞬なにも見えなくなる。

 しばらくして、目の前を乱舞していた色とりどりの残像がようやく消えた。

 頭を振って瞬きする。

 もうあの人魂はいなくなっていた。

「ふう、どうなるかと思ったぜ」

「あれさあ。あなたの口の中に入っていったわよ」

「は!?」

「だから、あの小型UFOはアズマの口の中に入り込んだんだって。こう、唇の間から、するっと…」

 身振りまじりでエミが説明する。とんでもないことを、あっけらかんと言う奴だ。

「お前、なに言ってんだよ! あの人魂は消えちまったんだぞ!」

「ほんとに見たんだってば! あたしが嘘ついてるって言うわけ!?」

「お前が気味の悪いこと言うからだよ!」

「なによ、その言い方は!」

 エミがいきり立つ。俺の経験によると、これ以上彼女を怒らせた場合、90パーセント以上の確率で強烈なビンタをいただくことになる。

 これ以上反論するのもためらわれるし、さりとて肯定するのにも抵抗があるもんだから、俺は口をつぐんだまま駅の方へ歩いていく。

 エミも黙ったまま、てくてくと歩く。

 なんとも言えない気まずい沈黙が続く。こういうことも今まで一度や二度ではなかったから、なんとなく受け流す。

 俺が初めてエミと喧嘩したのは小学一年のときだったと思う。サンバルカンごっこをしていて、どっちがバルイーグルを演るかということでもめたのだ。

 念のため言っておくが、俺は別に特撮おたくでもSFマニアでもない。ただ、古きよき(?)少年時代を思いだしただけだ。ほんとだぞ! ほんとにほんとだぞ!

 (そんなに強調しなくてもいいじゃん。注:作者の声)



 家についたのは夜中の11時すぎだった。自分の部屋にたどり着くなり、どっと疲れが押し寄せてベッドの上に身体を投げ出してしまう。途端に睡魔が襲ってきて、俺はいつしか眠り込んでいた。

『起きろ』

 寝入ったところで、誰かが声をかけた。男の声だった。

「うるさいなあ。疲れてるんだから寝かせてくれよ、父さん」

 目を閉じたまま、寝ぼけた声でぼやく。が、声の主は意外にしつこい。

『時間がない。起きて私の話を聞くのだ、地球の少年よ』

 そこで一気に夢見心地だった俺の目が醒めた。声の主は、俺の親父なんかじゃない! かっと目を見開いて、辺りを見回す。

「…あれ?」

 部屋には、誰もいなかった。
「ああ、俺ってやだなぁもう! エミが変なこと言うから変な夢を見ちまったぜ!」

 そう、きっとありゃ夢だったに違いない…と、俺は自分を強引に説得して再びベッドにもぐり込む。さっきは制服を着たままで寝こんじまったから、今度はちゃんと寝巻きに着替えた。

 なぜかわきあがる漠然とした不安感に胸が高鳴っている。さっきの声は、いやにはっきりしていた。夢にしては、はっきりし過ぎていた。

『夢ではないぞ』

 ウーム、そうか、やっぱ夢じゃなかったのね……って、納得してる場合じゃない!

「ちっくしょう、どこのどいつだ! 隠れてないで姿をみせやがれ!」

俺は飛び起きて傍らのバットを手にして身構えた。バットを握る手が小刻みに震えているのが自分でも分かる。

 自慢じゃないが、俺ははっきり言って喧嘩は弱い。小学生のときなど、何度クラスの悪ガキに泣かされたことか。

 しかたがないから、精一杯強がってみる。

「出てきやがれ! 隠れてたって無駄だぞ!」

『ふうむ、ずいぶんとアドレナリンが分泌されているな。ひょっとして君、脅えてるね?』

「姿を見せろ!!」

 声の主が黙りこんだ。ややあって口を開く。

『私は別に君に危害を加えるつもりはない。ただ、姿を見せろ、というのは無理な相談だな』

「なんだと…なんで無理なんだよ!」

 叫んでバットを振り回す。相変わらず、誰かがどこかに隠れているような気配はない。

『なぜなら、私は君の脳に憑依しているからだ!』

 ………………………ナニ!?

「ど、ど、どうゆうことだ!」

『ふむ、君の知能でわかるように言うなら、私は君の頭脳にとりついている…とまあ、こういうことかな?』

「なにが、君の知能で、だ!」

『これは失礼した。まあ分かりやすく言うなら、今の私は精神体…君たちのいう、魂のような状態なのだ。精神体は肉体なしではせいぜい20分ぐらいしか生存できないから、君の身体に憑依させてもらった』

「な、なんてこった」

 声は、俺の頭の中から話しかけてきているのだ。震える俺の手から、バットが床に落ちた。

「俺は…俺は…」

『わかってもらえたかな?』

「俺は、気違いになっちまったのか!」

 頭の中の、自分にしか聞こえない声と会話しているなんて、俺の頭のネジは五、六本まとめてふっとんじまったに違いない。






(予告) はたして岩戸アズマの頭にひびく声の正体は!?
夢か幻か、はたまた少年のあふれる情欲リビドーの産物なのか!

緊迫の次章へ、つづく。



表紙へッ。

エミ「このつづきも、モチロン読むわよ ね!? 読まないと、……うりうりうり♪」
岩戸「うわぁっ、フェイス・ハガーを近づけるなぁああ!!」