追跡者S
第1一話
「姿なき追跡者」
3章




「きっと、これが精神分裂症ってやつなんだな…嗚呼、なんてこった! この若さで俺はもう禁治産宣告を受けにゃならんのかあ…とほほほ」

 と、ややコミカルな感じで俺は嘆いて、ベッドに突っ伏した。

『キミ。私を妄想の産物のように扱うのはやめてもらいたいな』

「妄想でも幻聴でもどっちでもいいから、さっさと消えちまってくれよ…」

『わからん奴だ! 私は君の妄想でも幻聴でもない!』

 声の主は、腹を立てた様子だった。
「じゃあ何だってんだ!」

 俺も思わず怒鳴り返す。怒鳴ってから、空しくなった。なにを幻聴相手にむ
きになってんだか…。

『幻聴ではないと言っているだろう! わが名はレッサー。出身は惑星カイパー、現在は<銀河星系連合>パスター星支部の特殊保安部、第六保安課に勤めている者だ。第一級保安工作要員としてな』

「銀河星系連合ってのは、なんだよ?」

『君たち地球人の組織している国連のようなものだ。

 この銀河系の大半の惑星国家が所属している大規模な組織で、君たちの国連よりも法的強制力は強いかな。本部は核恒星系の惑星オルディアスにある。

 君らの星はまだ加盟できる文明レベルに達していないから、本来はこうして話をしたりするのはまずいのだが…まあ今回は仕方なかった』

「ううん。で、どういう仕事をしてるんだって?」

『銀河星系連合……面倒だから<星連>と略すが、その星連の専門機関の1つに<特殊保安部>というのがある。

 他の惑星国家への侵略戦争を企んだり、兵器や麻薬の密売、人身売買などをしたり、とかくこの広い銀河系には悪い奴が多い。そうした連中の犯罪活動を未然に防止し、また、取り締まって場合によっては武力を行使してでも撃滅するのが目的の組織だ。

 そのための実務にあたるのが保安工作要員スターセキュリティで…まあ、この銀河の平和を守る正義の味方といっても差し支えないな』

 一気にまくしたてやがった。これが俺の妄想だとしたら…うーむ、きっとエミの影響に違いない。

『だから違うと言っとろーが!

 いいか、よく聞け。今回の私の任務は、星連司法裁判所によって、永久追放刑を宣告された凶悪犯罪者どもを、流刑惑星に運ぶ恒星間護送船の警備だった。
 私と数百人の仲間は護送船に乗り込んで、警備にあたっていたのだが』

「どうしたんだよ」

『奴らに嵌められた。護送船は、この星の衛星から救難信号を受信したから予定を変更して急行したのだが、それが実は、犯罪者どもの仲間だったらしいのだ。我々は猛烈な砲撃を食らって、殆ど全滅してしまった。辛うじて私ともう1人だけは脱出できたのだが…奴らの追撃によってはぐれてしまったし、私の宇宙艇は撃墜されてしまった』

「ああ、さっきの墜落したUFOはお前のだったのか」

『そうだ。私の肉体は木端微塵に砕け散ってしまったが、運よく墜落寸前に精神体を肉体から分離することが出来た。君に分かるように言うなら、幽体離脱とでも言うべきかな。

 しかし精神体は肉体から離れるとそう長くは生きられないのだ。そこで、偶然一番近くにいた君の身体に居候させてもらった、というわけだ。わかったか』

「くそお、恨むぞエミ! てめーのおかげで、変な妄想にとりつかれちまったじゃないか!」

『まだわかっとらんようだな。頭の固い奴だ。いいだろう、それならば窓の外を見てみるがいい!』

 俺は、部屋の外に目をやった。真夜中だから当然、窓の外には墨を流したように真っ暗な夜空が広がっているのだが、そこを一直線に素早く横切るものがあった。

 オレンジ色の流星だ。

 一つ、また一つ。みている内に、急激に数が増えていく。しまいには絶え間なく数百の流星が流れていくようになった。こういうのを流星雨というのだろうか。むしろ流星のスコールと言った方がぴったりくる光景だ。

 音は全くしない。ただ、無限とも思われるたくさんの光線が、空を流れ落ちていくのだった。

 それは、神秘的ですらあるといえた。

「あれは…」

『もちろん天然の隕石などではないぞ。例の凶悪な宇宙犯罪者どもの乗った着陸船だ。奴らは一旦母艦に乗り移り、それからこの星に襲来する計画だったようだな。おそらく合計で十万近い数だ』

「そんなにたくさん、宇宙人が」

『言っておくが、君らの星の科学力では、あの着陸船はただの流星群にしか見えんぞ。当然、カムフラージュシステムを装備している筈だからな。もっとも、正体が分かったところで、この星の軍備ではとても太刀打ちできんだろうが』

「じゃあ一体、どうしたらいいんだ」

『私は星連の保安工作要員だ。私には奴らを追跡し、見つけ出し、撃滅する義
務がある。そのために君の力を借りたい』

「借りたいって言われてもなあ。もうちょっと考えさせてくれよ! 余りにも突飛すぎる話だし」

『躊躇している余裕などないぞ。さっき奴らの戦闘機が墜落現場を走査していただろう。明日にでも、私の精神波を受信した奴らの刺客が襲って来るはずだ。奴らにとって、星連の追跡者など邪魔者以外の何ものでもないからな』

「精神波って?」

『精神が放つ脳波のようなものだ。今の私は精神体だから、こうして喋るだけで周囲に精神波をまき散らしているのだ。あれくらいのレベルの犯罪者どもともなると、精神感応できる者などザラにいるから、とうに私がこうして生き残っていることはばれているだろう』

「ばれているだろうって、そんな迷惑な話があっていいのかよ」

 茫然として再び夜空を見上げる。もうそこには、宇宙人どもの乗った流星は見られない。ただただ、何事もなかったかのように静寂が支配していた。




 翌日の新聞には、昨日地球全域を襲ったという電波障害についてと、突然の大流星群についての記事が出ていた。

 双方に因果関係があるかどうかは定かではないという。

 昨日の夜の出来事は、夢ではなかったのだ。

 頭の中の声は沈黙している。

 外面だけ見たら、いつもとそう変わらぬ朝だった。

「アズマ、今日は随分ゆっくりしてるけど大丈夫なの?」

 母親の声で、新聞から目を放す。いつのまにか食い入るように記事に見入っていたらしく、かなり時間が過ぎていた。 おそるおそる時計を見てみると……

「やばい! 遅刻だあ!」

 俺はとっくに冷めてしまったトーストをくわえて、慌てて玄関から飛び出した。




 密かに地球への潜入を完了した宇宙犯罪者どもは、とりあえず地球人に擬態したり、姿をかくしたりして騒動を避けた。

 まだこの星を制圧するには時期尚早であると考えた彼らの指導者が、そう指令を下していたのである。

 だが、宇宙犯罪者の内の一人には、別の指令が下された。

 その犯罪者の乗った着陸船は、岩戸たちの通う高校に最も近い位置に着陸していた。




 「実は昨日の夜、変な夢を見ちゃってさあ」

 放課後、俺は宇宙研の部室にエミを連れ込んで話をしていた。ちなみに、昨日喧嘩したことはきれいさっぱり忘れたかのように俺もエミも振る舞っている。些細なことで喧嘩になる度にお互い根にもっているようだったら、とてもじゃないが耐えられない。ここまで付き合うこともなかったと思う。

 俺は昨日レッサーから聞いた話の概略を、エミに話して聞かせた。こういう話を何の抵抗もなく話せるのが、今はむしろ有難い。エミがSF特撮マニアでよかったと、俺はこの十年間で初めて思った。

「なるほどね。そういうわけだったんだ」

 話を聞き終わったエミが、納得した様子で言った。

 俺が話し終わったとき、もう日は暮れて、夜になってしまっていた。おそらく、校内にはもう誰も残っていない筈だ。

「お前、よくこんなムチャクチャな話を信じるなあ」

 体験した本人ですら、信じられないでいるというのに。

「当然よ! こんな話、信じるなって言う方が無理だわ! ああ、長年のあたしの夢がやっとかなうわ! 一度でいいから特撮ドラマのヒロインをやってみたかったのよ!」

 恍惚とした表情で虚空を見つめながら、エミがその場でくるくると踊った。喜ぶときの彼女のくせだ。こんなに喜ぶエミを見たのは、俺が小学生のときに84年版ゴジラのビデオを誕生日にプレゼントしてやった時以来だろうか…

 それにしても、結局のところ、エミは興味本位でしか問題を考えていないらしい。いきなりB級SFの世界に引きずりこまれる一般男子高校生としての俺の心情も、少しは察してくれてもよさそうなもんだが。

『いい友人をもっているな、アズマよ』

 俺の頭の中に声が響く。できることなら、単なる悪夢であって欲しかった。

「くうう、やっぱり夢じゃなかったのね…」

『ようやくわかったか、愚か者』

「誰と話してるのよ? ひょっとして、その、レッサーって人と!?」

『よろしく、地球の少女よ。我が名はレッサー、星連の特殊保安部の保安要員だ』

「すごい! あたしにも声が聞こえるわ!」

『精神波で会話するのに、人数制限はないからな。その気になれば何人とでも』

「あの、あたしの名前は…」

『ああ、分かっている。加納エミ、だな。私はアズマ君の記憶は全て覗けるからな』

「なにッ! お、俺のプライバシーは一体どうなるんだ!?」

『安心しろ、私はこれでも口の固い方だ。それにしても、君も案外いろいろとやっておるな…三年前の夏のあのことや、五年前の…』

「だーっ! やめんかい!」

「え、なになに? どんなことをやったんだって!?」

 エミが薄笑いを口もとに浮かべて耳をそばだてている。特にこいつには、絶対聞かれたくない…! いまでさえ尻に引かれているのに、これ以上、弱みを握られてたまるもんか!

『さて、アズマ君。いよいよ君の力を借りるときがきたようだ』

「え?」
『奴らの刺客が向かってきている』

「なんでわかるんだよ、そんなこと」

『窓の外に』

 レッサーの言葉が終わらぬ内に、エミが窓枠に駆けよって叫んだ。

「アズマ! なんか、こっちに向かってくるわよ!」






<予告>
 はたして、岩戸アズマと加納エミ、そしてレッサー(精神体)の運命は!
 迫りくる「敵」の正体とは!?
 緊迫の次章へ急げ!!





表紙へッ。

エミ「最後まで読まなきゃウルティメット・プラズマだからね!」
岩戸「あ、作品世界とネタの年代があってないゾ!(笑)」