追跡者S

 第一話「姿なき追跡者」

 あー眠い。視界がかすむぅ。何でこのセンコーの授業はこんなに眠くなるんだ……。

 ばたっ。ムニャムニャ……。

「こらっ岩戸! 寝るんじゃない!」

 おっと、見つかっちまった。やばいやばい。クラスの他の連中はこっちを見てニヤニヤしてる。我ながらみっともない。

 俺にとってこの日の午前中はいつもと何ら変わりのない、ごく普通の日常生活の一部だった。

 退屈ではあるけれども、平和な俺の日常生活をその後、見事なまでにぶち壊して、恐ろしくスリリングで、刺激的な毎日に変えるきっかけとなった、あの事件が起きるまでは。



 長野県野辺山高原の一角に、初夏の青空を仰ぐ巨大な純白のパラボラアンテナの一群が鎮座している。

 大型の電波望遠鏡であり、通常の望遠鏡が観測する可視光線のかわりに、宇宙空間から飛来する宇宙線を観測しているのだ。

 岩戸アズマが高校で授業を受けていた頃、その観測所で、大変な騒ぎが持ち上がろうとしていた。

「所長、大変です!」

 薄汚い観測室の扉を殆ど蹴破るようにして、若い所員がデータを記した記録紙を片手に飛び込んできた。

 初老の男が、部屋を占領しかけている様々な機器の制御卓にむかったまま、顔を上げもせずに応じる。

「なにごとだね、一体」

「は、二分程前に大規模な電波障害が発生した模様です! 望遠鏡がつかいものになりません!」

 所長と呼ばれた男が、目をむいて振り返った。

「なんだと! 原因はなんだ!?またぞろ黒点活動でも活発になりよったのか!」

「いえ、デリンジャー現象ではないようです。妨害電波の発信源は太陽ではなく、比較的近距離の宇宙空間と思われますが、なにぶんにも恐ろしく強力な電波障害でして、正確な発信源の特定が出来ないのです」

 所員から受け取ったデータを睨みつつ、所長がうめく。

「ううむ……まさかとは思うが、どこぞの国の新型軍事衛星かなにかが電子戦でもやらかそうとしておるのか……この発信パターンは人工的なものだぞ」


 海を渡ったアメリカ大陸や各国でも似たような騒動が広がりつつあった。その中でいち早く真相に肉迫したのは、世界の宇宙開発のリーダーシップをとるアメリカ航空宇宙局、NASAであった。

 巨大な各種の壁面スクリーンを備えた中央管制室は蜂の巣をつついたような騒ぎであった。NASAの設立以来、否、宇宙開発史上始まって以来の大騒動である。

「軌道上のコロンビアとは連絡がとれたか!?」

「いえ、あらゆる周波数で試みたのですが、依然交信不能です!」

 スペースシャトルのオービターとの通信が、数分前に突然襲った電波障害により、途絶えたままなのだ。

「いったい原因はなんだ!」

 一人の白人オペレーターが、コンソールに突っ伏して頭をかかえた。その傍らでは、数十人からの職員が大あわてで駆けずり回っている。

 軍のレーダーシステムなどもほとんどが使用不能となってしまっており、NASAには多数の問い合わせがきていたため、対応にてんてこまいなのである。

「そのことなんですが、これをご覧ください」

 駆け込んできた一人の職員が、突っ伏していたオペレーターに手にした一枚の写真を見せた。

 オペレーターの目が吸いつけられる。

「これは……!」

「さきほど、電波障害の直前にハッブルが電送してきたものです。月面を接線方向から捉えたものですが、『危機の海』の数百キロ上空に、かなり大型の浮遊物体が確認できます。これをコンピュータ解析し、修正してみたんですが」

 言いながら手早くコンソールを操作する。ハッブルというのは、衛星軌道上に静止している宇宙望遠鏡の名である。

地上の望遠鏡より遥かに有利な条件で観測ができるというメリットがある。

 壁面のモニタースクリーンに、解析、修正されてより鮮明になった静止画像が現れた。

 管制室内にどよめきが起こる。

「推定で、全長千五百メートル、直径三百メートルの金属製の物体です。電波障害が回復し次第、調査する予定ですが……天然の小惑星などではないことは、ご覧の通り明白です。もちろん、この地球のどの国家もこのような大質量の物 体を月の軌道上に打ち上げられるような技術はもっておりません」

 スクリーンには、クレーターだらけの弧を描く月の地平線の遥か上方に浮かんでいる、巨大なシリンダー型の鈍い輝きを放つ大型物体の映像が映っていた。



           その物体の内部には、数万からの多種多様な異星の知的生命体が搭乗していた。エイリアンの航宙船なのだ。

 太陽系はこの大型船の出発地点と目的地のちょうど中間点にあたり、これまで数百年にわたって何度となくその船は太陽系を訪れていた。エンジンを休め、木星などの外惑星で燃料となるヘリウムや水素を採取しては再び目的地へと飛 びさっていくのだ。任務を果たして帰還するときも同様であった。

 彼らはこの星系の第三惑星に生息している発展途上段階の知的生命体の存在に気づいてはいた。しかし、無用に未開種族に接触して、いたずらにトラブルを引き起こした例を彼らは幾つも知っていたから、地球人類への接触は試みなかったのである。地球が一つの統一惑星国家となり、『銀河星系連合』への加盟資格を認められるのは、数世紀先の未来の話である。

 そういうわけだから、その航宙船は太陽系内においては偏光シールドを船体の周囲に張り巡らし、地球人類の目に決して捉えられることのないように努めてきた。

 地球人類の科学力ではそのカムフラージュを見破ることはできなかったから、これまで地球人類は、自分たちを遥かに超越した科学力をもった異星人類の存在に気づくことはなかったのである。

 だが、今回は違った。彼ら異星の人類たちは、地球人類にその存在を察知されつつあった。

 月軌道上にやってきたのは初めてであったが、それだけなら地球人類は彼らの存在を知ることは無かったはずだ。

 問題は、彼らが航宙船の、カムフラージュシールドを解除せざるを得ない状況に追い込まれたことであった。それにより彼らの巨大な航宙船は、地球人類の前にその巨躯をさらけ出すことになってしまったのである。

「救難信号を発していた船はどうした!」

 その航宙船のブリッジで、船長らしい昆虫型ヒューマノイドが、触角を震わせながら傍らの乗員に叫んだ。答える乗員は、猫のような顔つきである。

「それどころではありません! あの衛星の地下から、何者かが本船を攻撃してきたようです。どうやらさきほどの救難信号は、我々を引き寄せるための罠だったようで」

 一時間程前、この航宙船は、木星近くの宇宙空間にワープアウトした。そのときに、第三惑星の衛星から救難信号が発せられたのである。

 航宙船は救難信号を受信した場合、直ちに救助に向かわねばならぬという法的義務がある。そこでこの船も月に向かったわけであるが−、

「一体何者だ! あの惑星の原住民か!?」

「彼らの科学技術では対艦粒子砲など、製造することはとても無理ですよ」

 到着するなり、猛烈な砲火を浴びた。最初の斉射でカムフラージュシールドは消滅してしまった。応戦しようにも、この船に兵装はない。せいぜい、小惑星などの衝突から船体を守るための低出力の光波シールドを展開することぐらいが関の山だ。

「敵が発砲しました!」

「くっ……光波シールド、展開!」

 船体を、巨大な光り輝く透明な球体が包み込む。だが、その電磁場の防御膜にも情け容赦なく中性粒子ビームの砲火がつきささり、閃光となって弾けていく。

「シールド出力12パーセント減少! 更に20、25……あと数十秒しかもちません!」

「フルブラストでこの衛星の裏側へ逃げ込め! 少しでも時間をかせぐ!」

 シリンダー型の航宙船が、まばゆいプラズマの航跡を残して月の裏側へと逃げ込む。月の地表から放たれていたビームはその動きを追い切れなくなったのか、砲火が途絶えた。

「今のうちに星連に救援を要請するんだ!」

「了解!」

 オペレーターはインカムを手にしたが、すぐに手放した。「駄目です! 通常通信及び超空間通信は、強力なジャミングがかけられていて使用不能です!」

 その妨害電磁波が、地球にも影響を与えていたのである。

「おのれ、一体何者なんだ」

 呟いたとき、コンソールの艦内通信機がBEEP音を発した。

『こちら囚人管理セクション! 暴動です! 囚人たちが、一斉に暴動を起こしました!』

「なんだと……隔壁を下ろせ!搭乗している星連の保安要員たちも出動させて鎮圧しろ!」

『りょ、了解!』

 インカムの向こうで声が応えたとき、強烈な衝撃が船体を襲った。ブリッジの数十人のオペレーターと船長が、たまらずに床に投げ出された。

「敵艦が追尾してきた模様!」

「第三居住区に被弾! 保安要員の居住区が、ほぼ壊滅です!」

「防御シールド、消滅!」

 ブリッジの大型スクリーンに、背の曲がった甲殼類を連想させる不気味な航宙戦艦の姿が映しだされていた。

 月の地下に船体を隠したままこちらを狙撃していたのが、追尾しきれなくなった為、浮上して追跡してきたらしい。

「あ、あの艦は」

「船長、ご存じなのですか?」

「ああ、忘れもしない、あの200年前の大戦のときの反星連軍の旗艦、ギガプロガノンだ! わしは当時、ザンドリアス艦上攻撃機でヤツを攻めたものだが……そうか、こんなところに姿をくらましておったのか!」

 実はその艦は、ギガプロガノンではなくその同型艦『ギグデイノス』であったのだが、両者に殆ど差異はなかったから、彼が見分けられなかったのも無理はない。

「なぜこの船を攻撃するんでしょう」

 艦内通信機から絶叫。

『囚人どもが脱獄しました! すでに第二脱出ポッド格納庫が占拠された模様!』

「そうか! やつめ、この船の囚人どもが目当てなのか!」

『脱出ポッド、発進していきます!』

「くそっ、ここまで護送してきて脱獄されるなんて……!」

 船長の傍らで、剣歯虎のような牙をかみあわせ、猫人オペレーターが歯ぎしりした。

 スクリーンの中では、たったいま発進した囚人たちの脱出ポッドが、ギグデイノスの巨体に吸い込まれていくところだ。

「回収している……やはり、そうか……」

 言いかけて、はっと船長は顔を上げた。触角が激しく震える。

「い、いかん! 全速でワープしろ! 急げ!」

「座標設定が間に合いません!」

「敵艦の熱源反応が、急激に高まっていきます!」

 動転したオペレーターの声はほとんど裏返っている。毛並みが見事に逆立っていた。

「陽電子流撃砲を使う気だ……」

 船長が、茫然とつぶやいた。

 磁場誘導した反粒子ビーム弾を目標に叩きつける、恐るべき兵器である。

 核エネルギーを遥かに上回るその破壊エネルギーの前に、抗う術はない。

 巨艦ギグデイノスの湾曲した背面に装備された六門の半球状の三連装砲塔が一斉に旋回し、発射孔が哀れな犠牲者を見据えた。

 オペレーターたちが、我先にと残された脱出ポッド格納庫へと駆け出していく。

「無駄だ。今からではもう間にあわん」

 ぽつりと言ったとき、ブリッジの眼前を二つの小型宇宙艇がかすめていった。猛烈な加速で見る間に遠ざかっていく。
 あらかじめ発進準備をしておくとは、機転のきく奴らだ。ひょっとしたら、安全圏まで逃げ延びるかもしれない。

 船長は、最後の方は我知らず口に出していた。

「たのむ……仇を、必ずや討ってくれ!」


 発射された十八の陽電子ビームは、狙いたがわず目標に炸裂した。

 閃光と爆風、巨大な火球が月面にまで達して、その冷えきった地殻をかつてのように溶融させ、赤熱したマグマに変えた。

 その爆発のすさまじさを示す痕跡は、月面に克明に残された。すなわち、直径一千キロもの、ほとんど月の直径の三分の一にも及ぶ大クレーターである。


 ♪きんこーんかんこーん

 と、今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。俺、岩戸アズマは、荷物をまとめて教室を出た。

 校門を出かけたところで、今日は宇宙科学研究部の活動日だったということを思い出し、俺は部室の方へ足を向けた。

 宇宙研は数ある文化部のうちでも底辺に近い存在で、情けないことに部員はほんの数人しかいない。

 そのことは入部した後に知ったんだけど、他の部員どもは殆どが幽霊部員を決め込むし、先輩方は俺に全部、厄介ごとを押しつけて受験勉強に励むわで、はっきり言って入部したことを早くも後悔しはじめているのだ。



 ギグデイノスの攻撃を辛くも逃れた二機の小型宇宙艇は、一路地球を目ざした。付近に彼らの生存可能な惑星は、他になかったのである。

 彼らの宇宙艇は幸いにして殆ど無傷であり、そのまま順調に飛行していれば、なんの問題もなく数時間の内に地球に到着していた筈である。

 彼らにはあまり運がなかったらしい。

 ギグデイノスのカタパルトから、二機の小型宇宙戦闘機が発進した。バーニアをふかし、宇宙艇を追跡しはじめる。

 その加速力は比較にならなかった。たちまちの内に差が縮まっていく。追いつかれ、ミサイルなりビームなりの的となるのは時間の問題であった。



「それでね、ノストロモ号を脱出したナルシサスがサルベージ船に回収されてさ、それから……」

 う〜、俺としたことがうかつだった。部室にいた部員がただ一人、それも加納エミだったとは……。

 外見は悪くないのだ。外見は。

 長くてきれいな黒髪に、健康的な色合いの肌。黒目がちの瞳。まあまあ、美少女の部類に入るだろう。黒い髪に、女子高生らしい白いセーラー服が良く似合っている。

 彼女がどんな人間かと言えば、掛け持ちしているSF特撮研究会でただ一人の部員兼部長であるといえば、大体想像がつくだろう。要するに、重度の特撮マニアなのだ。

 一旦SFだの特撮だのの話を始めるともう止まらない。こっちはほとんど黙って、適当に相づちを打つことぐらいしかすることがなくなってしまう。

 ホント、思えば十年前、小学1年のとき席が隣になったのがこの腐れ縁の始まりだった。以来どういうわけかクラスがずっと同じで、高校になってやっと離れられたと思ったら今度は同じクラブに入部しやがった。この悪癖さえなかったら、顔はわりと美人の部類に入るし、今頃は恋人の一人ぐらいいてもおかしくはなかったろうに、などと思う俺であった。

「……でね、通信が途絶えた植民地にリプリーと宇宙海兵隊がのりこむわけ。そこでただ1人生き残ってたのがニュートっていう女の子で……ちょっと! あなた、人の話聞いてるの!?」

「……あ、はいはい、聞いてるよ」

 などとついつい返事をしてしまふ自分が悲しひ。

「なあ、エミよ…俺、今日は夜まで学校に残って例の定期観測やらないといけないんだよな。お前はもう帰った方がいいんじゃない? いや、別にお前がいると邪魔だとかそーゆーんじゃなくて、女の子は夜遅くなると危ないしさあ」

 定期観測というのは、宇宙研で月に一度行っている天体観測のことだ。文化祭の展示でお茶を濁すのに使うために、適当に星雲だの何だのの写真を撮るのだ。

「あら、あんたにしちゃ珍しく気をつかってんのね」

 もうこれ以上SFの話はご免だ。頼むから帰ると言ってくれ!

「でも、あたしだって宇宙研の部員だし、やっぱ一人で先に帰るなんて無責任なことできないわよね。それに、いざとなったらあなたが助けてくれるんでしょ、アズマ」

 ……がちょ〜ん。







(次章予告)さてさて。部室という密室に2人きりになった岩戸アズマと加納エミの運命や如何に!?
「はじめての接触」か!?……衝撃の瞬間がせまる!!


表紙へッ。

エミ「つづき、読むわよね!?」