追跡者S・改
第2話
「宇宙(そら)から来た少女」
第3章








「あ、アズマ…あんたって人はああ〜!」

 すさまじい怒気をはらんだ声。ご、誤解を解かなければ!

「エミ、これは違うんだ! 俺の意思とは関係ないことで…」

 とかなんとか言っても、あいかわらず異星の少女を抱きしめたままなので、全然説得力がない。

「問答無用! 食らえ、正義の二十万トンハンマー!!

「ずげっ!!」

 そこで俺は頭部にすさまじい衝撃を感じ、精神がブラックアウトしてしまった。

       −−合掌−−




 アズマ君が気絶してしまったので、第三人称で話をすすめよう。

スカイドン20万tハンマー、アズマの頭部に炸裂!
「なんなのよ、あんたは! よりにもよってこの加納エミ様の統べる神聖かつ高潔なSF研部室で、かような破廉恥でやらしくていかがわしくて(以下略)なことが許されると思ってんの!」

 かなり大げさにまくしたてるエミであった。

「なんだい、あんたは?」

 ようやくアズマの身体を解放した少女、ミリィがきょとんとエミに訊いた。兎のようなその耳が、きゅっと動いて前に向く。

「あたしは加納エミっていって…」

「ああ、そうか」

 ミリィがぽんと手をうった。にっこり笑って答える。

「安心しな、あたしゃ別にあんたの恋人を奪うつもりはないよ」

「べ、別に恋人なんかじゃないわよ!」

「じゃあなんで怒るのさ?」

「………余計なお世話よ!」

 エミが顔を真っ赤にして声を張り上げた。性格は過激だが、意外と奥手なのかもしれない。

 くすくすと笑いながら、ミリィがぱたぱたと耳を動かした。地球人と違って、彼女の種族は耳でも感情表現するらしい。

「うう…あ、頭がいてえ…」

 アズマが大きなコブのでた頭を抱えつつ、起き上がった。






「あたしは銀河星系連合パスター星支部、特殊保安部第六保安課所属の二級保安工作要員、アルフェリッツ・ミリィ! よろしくね!」

「俺は岩戸アズマ」

 俺は、エミの一撃からようやく回復したものの、まだ頭がガンガンする。

「あたし、加納エミ」

 ぶすっとした表情のエミ。まあ、誤解は解いてくれたらしいが。

『さて、ミリィ。あれから数ヵ月経ったわけだが、今現在の犯罪者どもの様子はどうだ?』

「うん、あたしはここの住人がアメリカって呼んでるところに漂着してたんだけど、今のところ奴らはおとなしくしてるみたい。何度か奴らが地球人に化けてるのを見つけて、その度に撃滅してやったよ」

「あの、…強いの、君?」

『ミリィの実力は星連の保安要員の中でも一番だぞ。狙った悪人は必ず撃滅する。ただ、闘いのやり方に問題があって、なかなか昇進できんのだが』

「敵を倒すためには、周りのことなんか考えてらんないよ!」

 かなり好戦的な性格らしい。エミに輪をかけて気が強そうな娘だ。

『奴らは何のためにこの星に逃げ込んだのだろうか…本当にただの偶然で、なのか』

 ミリィがちょっと考えこんで答える。

「あんたもあの時襲ってきた戦艦はみただろ」

『ああ。あれは確かに、二百年前の大戦のときの、反星連軍の旗艦だった。もしくは、その同型艦かもしれんが…』

「そういうのは、リュートがくわしいんだけどねえ。あの子は今回、惑星クメールの遺跡の調査に行ってたから…。ま、とにかくあれは反星連の航宙艦なんだよね、こんなところにいる筈のない。どうもうさんくさいね」

『奴らは犯罪者どもを自分の兵力にしてこの星を制圧する気なのかもしれん。おそらく今は態勢が整うのを待っているだけなのだろう』

「それにしたってこんな辺境の星、戦略的にも何の意味もないのに、どうして制圧する必要があるのかねえ」

『う〜む…』

「ねえ、二人で話を進めてないで、あたしたちにも説明しなさいよ!」

『うむ、反星連というのは我々星連に敵対する強大な軍事組織でな、二百年前に星連軍に敗れて以来、自治領におしこめられていた筈なのだが、先日我々を待ちぶせて攻撃してきた航宙艦が、その反星連の艦だったのだ。
 ここら辺の宙域は、奴らの領宙ではないし、本来なら星連の制裁を受けてもおかしくない違法行為なのだが、残念ながら我々には星連への通信手段がない』

「それにしてもさ、ミリィさんは宇宙人だってのに地球人そっくりだね。
 宇宙人っていったら、もっと怪物じみたものかと思ってたんだけど。日本語もうまいし」

 話がややこしくなってきたから、俺は強引に話題を変えた。

「ミリィってよんでほしいわね。うーん、この星は確か、インファルト生物群の一つに入ってるんじゃなかったかな。そっくりなのは当たり前なんだよ」

「インファルト生物群?」

「あたしの祖先、インファルト人によって遺伝子操作を受けた生物の総称さ」

 また分からない言葉が出てきた。

「インファルトってなんだよ」

「あんた、そんなことも知らないの!?」

 と、ミリィが声を高めた。緑色の髪が波みたいにゆれ、耳が勢いよく天井をさす。

『無茶をいうな、ミリィ。彼らはまだこの銀河の歴史を知らないのだから』

「ふうん、普通は初級学校で教わることなんだけどねえ…ま、いいわ。
 今から数百万年前、この銀河系はガーライル族っていう超能力をもった邪悪な種族に支配されていたの。
 その種族に対抗するために、惑星インファルトの、超科学文明をもった種族がガーライル族の超能力を模した能力を身につけて、ガーライル族に戦いを挑んだわけ。それが、今から約三百万年前のこと…。
 その能力は、『ガーライル族の力』という意味で、ガーライルフォースと呼ばれたわ。あたしやレッサーも、この力を使うことができるんだ。
 で、ガーライルフォースを身に付けたインファルト人はガーライル族と全面戦争にもちこんだんだけど、なにしろ敵は銀河系を支配してる奴らだったからね、とても兵力が足りなかったのよ。
 それで、あちこちの星の知的種族に遺伝子的な改良を施して、ガーライルフォースを使えるようにして、味方につけたの。この星の、あんた達の種族も、そうやって改良されたものの一つだったんじゃないかな」

「ちょっと待ってよ。三百万年前っていったら、あたしたちの祖先はまだサル同然だったわよ」

「だから、インファルト人はそーゆー準知的種族には促成進化を施して、完全な知的種族にしてからガーライルフォースの能力を付加してたのよ。
 その段階で、自分たちに似せるように遺伝子操作を加えてたから、その当時準知的種族だった種族は今でもインファルト人に似た姿をしてるわけね。だいたいこの銀河系の四十パーセントの知的種族は、あたしやあんた達みたいな姿をしてるんだよ。まあ後は、色んなタイプの種族がいるけどね」

「なるほど、そりゃそうだよな。全然違う星で進化した生き物が、偶然で似たような姿になるわけはないもんな」

 それにしても、地球人類の発生が実は異星人の手によるものだったなんて、人類学者が聞いたら卒倒しそうな話だよなあ…。

 そこで、エミが目を輝かせて身を乗り出した。

「ねえねえ、それじゃあさ、あたしなんかでもその…ガーライルフォースっていうのを使えるわけなの!?」

「ううん、戦争があったのが三百万年前で、かなりの長期戦を見込んでたからインファルト人はあちこちの準知的種族に遺伝子操作を施したんだけど、戦争が予想外に早く終わったから、ガーライルフォースの能力を付加する必要がなくなった種族も多かったんだ。この星の種族もそういう種族の一つだと思うよ。なにしろ、この星の人間からは全然ガーライルフォースの波動は感じられないからね」

「なあんだ…あたしたちの祖先が進化してる途中で戦争が終わっちゃったのか。つまんないの」

『つまるとかつまらんとか、そういう問題ではないと思うが…』

「あのさ、予想外に早く戦争が終わったって、どれぐらいで? もちろんインファルト側が勝ったんだよねえ」

「たしか、ガーライル大戦は勃発から約三千年後に決着がついたんだよ。ガーライル族の滅亡という形でね」

「さ、三千年…それで、予想外の早さ…」

 なにもかも話のスケールがでかい。

『全銀河をまきこんだ戦争にしては、三千年というのは短い方だ。それだけ、インファルト人の開発したガーライルフォースの威力が絶大だったということだな』

「なあるほどねえ……って、俺、何の話してたんだっけ?」

「あほか、あんたは…」

 と、エミの一言。

「ああ、そうそう。なんで宇宙人なのに、地球の言葉を話せるのかってことを訊いてたんだった」

「あたしは地球の言葉なんて知らないよ」

 ミリィがさらっと言ってのけた。

「じゃあ…」

「あたしは銀河標準語を喋ってるんだよ。この翻訳機が、地球語と銀河標準語を翻訳してくれてるのさ」

 そういって、スーツの胸元から小さなメカを取り出してみせた。

『この翻訳機は千五百年程前に、基礎理論が確立されたものでな。この銀河系のどんな生物でも、それが炭素系の知的種族であれば、同じ概念の単語を発する際には同じパターンの精神波を放射していることが分かったのだ。その理論を応用してこの翻訳機が実用化されてからは、銀河標準語を知らないどんなイナカモン−あ、いや、辺境種族とでも意思疎通ができるようになったのだ』

「イナカモン…かあ」
「地球って、辺境の星だったのね…」

 ぴくぴくと俺とエミが顔をひきつらせたとき、窓から稲光がさしこんだ。つづいて、ごろごろという雷鳴が轟く。

 夕立になるらしかった。





                          
 東京の片隅のことだ。どこにでもあるような、誰も見向きもしないスクラップ置き場で、蠢く影があった。うずたかく積まれた自動車の残がいの片隅から、うめき声がもれる。

「おのれミリィ…今度こそ、今度こそ絶対にあの世に送ってやるぜ…!」

 ザルカンであった。持ち合わせた医療用キットで自らの負傷を治療していたのだ。さきほどミリィの一撃によって受けた傷は、もう殆ど治りかけていた。

 背中の核融合機関が、鋼鉄の咆哮をあげる。噴射口から、白熱したプラズマ炎が盛大に吐き出され、大地をなぐりつけた。

「よぉし、回復したあ!いくぜえええええ!」

 闘争心が激しく燃え上がる。雄叫びとともにザルカンは、衝撃波で周囲のスクラップを弾き飛ばして天空へと舞い上がった。

 降り始めた雨が、ザルカンのガンメタリックのボディを濡らした。稲光にその体が妖しくきらめく。

「さて、決戦の場は何処がよかろうか」

 上空で周囲を見回すザルカンの目に、ひときわ高い建造物の姿が飛び込んできた。オレンジと白に彩色された、巨大な鉄塔である。

「ふむ…あそこは、いざというときに俺にとって有利になるな…あそこにしよう」

 彼が選んだ戦場は、原住民によって東京タワーと呼ばれている建造物であった。

「では…」

 呟きと同時に、背中から照明弾が勢いよく上空に向けて発射された。




                          
 俺たちが話していると、部室の窓からいきなり強烈な紅い光がさしこんだ。その光はすぐには消えない。

「なんだ!?」

 あわてて窓際にかけよって外を見てみる。SF研の部室は三階にあり、今はなき宇宙研部室ほどは見晴らしはよくない。

 それでも豪雨のなか、都心の方の上空で輝く紅い光球は確認できた。

『あれは…』

 レッサーの呟きに、ミリィが続ける。

「宇宙戦用の照明弾だね。しかも、開戦の合図に使われる奴だよ。こんなものを使うのは、ヤツしかいない…!」

『ザルカンの、挑戦状というわけか』

「まだ生きてたのか…」

 呟いて、ミリィが唇をかみ締めた。

『ミリィ、私も協力する。二人でザルカンを倒そう』

 ミリィがさっと立ち上がり、部室から出ていこうとした。「あんたたちの力は借りない。あたしがこの手で、ヤツにとどめをさす!」

 険しい表情で、ミリィが言い切った。さっきまでとはまるで別人のような表情だ。

『ミリィ、お前はまだそんなことを言っているのか! もうあれから二百年にもなるというのに…ヤツはお前一人で倒せる相手ではないぞ!』

「余計なお世話だよ、レッサー! 何年かかろうとあたしは仇を…ザルカンを、この手で討つ。あたしはあの日、そう誓ったんだ!」

 二百年!? 彼女はどう見ても十四、五にしか見えないが。いったい本当は、何歳なのだろうか…。

『待て、ミリィ!無茶だ!』

「もとの身体を失ったあんたに、一体何ができるっていうんだい!」

 吐き捨てるように言うや否や、彼女は窓から飛び降りた。

 さっき俺が飛んだのと同じように、足先の空間に輝くエネルギー球を発生させている。

 光の尾を曳いて、雨の中、弾丸のようにみるみる遠ざかっていく。

「なんだか随分なことを言うじゃないの、あの娘」

 レッサーは黙ったままだ。彼女の台詞に、少なからずともショックを受けたのかもしれない。

「なあレッサー、ザルカンってミリィのいったい何なの? なんか事情がありそうだけど」

 しばしの沈黙の後、レッサーがようやく口を開いた。

『…ヤツは、ザルカンは、二百年前にミリィの両親を惨殺した張本人なんだ。彼女は両親の仇を討ちたいが為に、星連の保安要員になったのだと私は思う』

 その後の短い静寂を破ったのは、エミだった。

「あんなこと言ってたけど、やっぱり助けた方がいいんじゃないかしら…さっきだって、危うく死ぬところだったじゃないの、あの娘」

 エミの言葉に、レッサーは決意をかためたようだった。

『よし、行くぞ、アズマ!』

「そうこなくっちゃな!」






 夕立は、昼間の熱気をなくしてはくれない。ただ、余計に湿気がますだけだ。

 六本木の街は、生温かい、ねばりつくような大気に沈んでいた。

 傘の列が、雨粒を弾きながら地下鉄へと流れ込んでいく。一日の勤務を終えた会社づとめの連中が、憩いのひとときを求めて社を後にしているのだ。

 雨雲をとおしてもよくわかった。もう夕暮れだ。じきに、いつもと同じ熱帯夜が、都心をおおうだろう。

 駅へ流れていく人込みのなか、ひとりの中年男性が目をあげた。行きつけの居酒屋が開いているかどうか、手前のビルをみあげたらしい。

 馴染みのネオンサインが、ビルの中ほどに輝いている。よかった、これでくつろげる。
そう思ったのだろうか、彼の表情がゆるむ。

 ネオンサインが、粉みじんに弾けとんだ。つづけて、ビル全体の窓ガラスが粉砕され、家路をいそぐ人々の上に降り注いだ。

 ガラスの破片の一つが、ビルをみあげたままの中年の頭蓋を砕いた。

 ビル群の崩壊は、超音速だった。瞬時に、連鎖的に、市街を駆けぬけていく。

 あとには鉄骨とコンクリと、肉体の残骸が残されるだけだ。





 雨のビル街を、二つの閃光が疾駆していた。ミリィとザルカンである。

「二百年間もしつこく追い回して、俺の仕事を邪魔しやがって…」

 超音速で、ビルの谷間をすり抜け、流れるようにザルカンが飛ぶ。ミリィもその後を追う。衝撃波で、ビル群の窓ガラスが次々と弾け飛んだ。

「今度こそ、今度こそ仇を討ってやる…!」

 言いながら、両手の間に、まばゆい光球を出現させる。彼女がガーライルフォースによって招喚したエネルギーのかたまりだ。

 古代インファルト文明の遺した、無限のエネルギーに満ちた『疑似空間』。そこから招喚した高エネルギー粒子を電流や荷電粒子の形に変換して攻撃するのが、ガーライルフォースの基本である。

 もっとも、この原理をミリィたちが知るのは、もっとずっと後になってからのことだ。

「ティルトプラズナー!」

 ミリィが発生させたエネルギー球から、レモン色の光の砲弾が放たれた。高エネルギーのプラズマ粒子弾である。

「うぉわああ!」

 ザルカンが、後方から迫った光弾を、危ういところでかわした。外れた光弾はビル街に炸裂し、大型爆弾なみの大爆発をおこす。

「くそったれ、またレベルアップしてやがるぜ。だがな…」

 ザルカンが突然反転し、迫るミリィに向け、くわっと口を開けた。蒼白い光の束が轟然、発射される。

「わあっ」

 間一髪、ミリィがかわす。その背後で、さながら小さな太陽のような大火球が出現し、市街を数百メートルの範囲にわたってきれいに蒸発させた。

 爆風でミリィの体は傍らのビルに叩きつけられ、ガラスを粉砕してどこぞのオフィスに飛び込んだ。

「俺のような一流の『墜とし屋』に、キサマごときがかなうわけがないのだ」

 ザルカンがミリィの飛び込んだオフィスビルに狙いを定め、ビーム砲とミサイルの集中砲火を叩きこんだ。

 ミリィが一瞬早くビルから飛び出す。

 ポカンとミリィを見つめていた背広姿の人々もビルも、次の瞬間に高温のガスと灰と化して飛散した。

 ザルカンは、複合電磁波センサーとフォース感知器を総動員した。次の斉射をミリィにぶつけようというのだ。

「どこへ行きやがった?」

 ミリィの姿が見当たらない。

 市街から立ちのぼる黒煙の渦の中から、白熱したプラズマ粒子弾が飛来してザルカンを直撃した。

 大爆発。

「ぐおおおッ!?」

 黒煙の切れ目から、ミリィが姿を現した。ダメージを受け、空中でふらつくザルカンをきっと見据える。

「あきらめな、ザルカン!もう終わりだよ、あんたは」

 獲物を狙う猛禽の眼のように、ミリィのグリーンの瞳がぎらりと輝いた。

「終わり…だと?それはちょっとばかし調子がよすぎるんじゃないのか、お嬢ちゃんよ」

「なんだと…」

 ぴくりとミリィの耳が動いて天空を指した。怒りをはらんだ動作である。

 彼女は外見こそ若く見えるが、実際は数世紀にわたって生きている熟練した戦士である。子供のように呼ばれることを最も嫌う。

 ガーライルフォースを使う者−−一般にガーライルフォースマスターと呼ばれる−−は、全般的に、標準的な銀河文明種族に比べて非常に長命である。これは、その昔彼らの祖先が戦うための生物として遺伝子的な改良を受けた結果に他ならない。

 熟練した戦士を生むための条件は二つある。十分な教育と、豊富な戦闘経験である。教育には莫大な費用と時間がかかるものだが、莫大な費用をかけて育て上げた戦士が老衰で無駄に死ぬことを防ぐために、ガーライルフォースマスターの寿命は他の幾多もの生体機能とともに、異常に引き延ばされたのであった。

 寿命が引き延ばされたことにより、ガーライルフォースマスターは短命な戦士に比べてより多くの戦闘経験を積むことができるようになった。これにより、数多くの優秀な戦士が育成され、ガーライル族との戦争において多大な戦果をもたらしたのである。

「ついてこい、お嬢ちゃん」

 ザルカンはそう言うと、猛烈な速度で飛び去った。置き土産の衝撃波がビル群を揺るがす。

「逃がしゃしないよ!」

 プラズマ弾を連射しながらミリィが後を追う。ザルカンが器用に避けるため、殆どは下方のビル街に炸裂することとなった。まるっきり原住民の被害など考えていない、何とも迷惑な戦い方だ。

「なんだい、ここは…」

 着いた先は、東京タワーであった。豪雨のなか、先端の方は雲に隠されていて見えない。ミリィは地上百メートル付近からタワーを見上げ、ザルカンの姿を捜した。

 突然、至近距離で爆発がおこった。オレンジ色に塗られた鉄骨が何本か吹っ飛び、そこだけぽっかりと穴があいた。

 さらに騒々しい噴射音とともに、鉄骨の間をぬって小型ミサイルが襲いかかってくる。

「上か!」

 両足先の空中に発生させているエネルギー球から光の奔流を吐き出し、ミリィがタワーに沿って急上昇していく。

 やがて数十メートル上を、ミリィと同じようにタワーに沿って上昇していくザルカンの姿が捉えられた。

 上昇しながらも、下方から急速に追いすがっていくミリィに向けて、時折レーザーやミサイルを放つ。

「なに考えてるんだ、あいつ…」

 つぶやきながら、飛来するミサイルをかわす。下方から爆音が轟くが、そんなことにはかまっていられない。

 鉄骨をなめるようにして上昇していくザルカンの後ろ姿を見据え、両手の間に白熱したエネルギー球を発生させる。

 ザルカンは回避機動を行おうとしない。

 こいつはいける!

「ティルトプラズナー!」

 いちいち技の名を叫ばずともよさそうなものだが、ミリィは律儀にも技の名を叫んで、エネルギー球からレモン色のプラズマ弾を撃った。発射された光弾は一直線にザルカンの後ろ姿に吸い込まれていく−−かに見えた。

「なにっ!?」

 プラズマ弾の弾道が大きくねじ曲がり、あさっての方向へと飛び去ってしまった。ザルカンが上方で急停止し、ミリィに向き直る。

「ミリィ、貴様の武器はここでは使えないぜ」

「なんだと…?」

 ミリィも空中に静止し、上空のザルカンを睨む。

「プラズマ弾の交差発生と電磁誘導は、貴様自身の精密な電磁制御があってこそ、可能となっている。だがな」

 ザルカンのすぐ上には、東京タワーの四角い大展望台があった。

「この塔はな、強力な電磁波を放射しているのだ。
 付近一帯は、猛烈な電磁場に覆われている。貴様の放つプラズマ弾は、その電磁場によって攪乱されちまうんだよ」

 ミリィが唇をかみ締め、ほぞを噛んだ。そういうことだったのか…!

「まあ、俺を倒す自信がないってんだったら、戦場を変えるがいいぜ、お嬢ちゃん…」

 ミリィを見下ろしながらザルカンが言う。

 その口調には自信と侮蔑とが多分に含まれている。

「誰が!」

 吐き捨てるようにミリィが言った。言いながら、そのような返事をせずにいられない自らの性格を恨めしく思ってもいた。ザルカンもミリィの性格を熟知した上で、彼女を挑発しているのだ。敵にここまでコケにされて黙っていられるミリィではない。

 東京タワーは総合電波塔でもあり、東京地区全てのTV放送用電波とFM放送用電波を送信している。その強力な磁界が、ミリィのプラズマ弾に影響を与えてしまうのだ。より強力なプラズマ弾ならそう影響を受けることもないのだろうが、今のミリィは飛行するために自身のガーライルフォースのかなりの部分を振り分けてしまっており、その分攻撃にまわすエネルギーが減少してしまっているのである。

「そういうことなら、こいつでカタをつけてやるまでさ!」

 言って、腰のホルスターから黒光りする熱線銃を引き抜いた。今度のは、手を加えられていない、星連の正式な備品である。

 発射された蒼白いビームがまともにザルカンの胸板に命中した−−が、火花が線香花火のように弾けるだけで、まるでダメージを与えられない。

「くははは! そんな対人用のレーザーガンがこの俺サマに効くものかよ!」

 せせら笑って、ザルカンがミサイルとビームを一斉発射した。

「ちっくしょう!」

 ミリィが急旋回し、タワーをまわりこんで射弾をかわした。

 彼女をかすめた青色のレーザーと、銀色の砲弾のようなミサイルの大群ははるか下方の高速道路に炸裂し、大爆発をおこした。
 渋滞で数珠つなぎになっていた自動車が連鎖的に誘爆し、倒壊をまぬがれた部分も瞬く間に火の海と化した。阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 ザルカンはその気になれば、航宙戦艦をも撃沈できる実力をその身に秘めている。その彼が都市上空で本気で空中戦を演じた場合に生じる被害は想像を絶したものになる。

 更にこの場合、東京都民にとって不幸であることに、ミリィもザルカンと殆ど互角の実力者であり、あまつさえ彼女の戦法は周囲の被害などまるで顧みないという空恐ろしいものであったのである。実際、彼女は星連の仲間内でも宇宙海賊か傭兵にでもなった方がよかったのに、などと陰口をたたかれることも多い。

 旋回してタワーの裏側にまわりこんだミリィは、高速で上昇し、ザルカンよりも高い高度をとろうとした。ザルカンもミリィの動きをタワー越しに見て、ミリィに向かい合う位置関係のまま上昇する。

 途中、二人に挟まれる形になった大展望台の窓ガラスが、超音速で上昇していくミリィとザルカンの衝撃波をもろに食らって爆発したかのように砕け散った。

 百五十メートル下の地上に、無数のガラス片が夕立に混じって落下していく。

 ミリィが手にしていた熱線銃を投げ捨てた。くるくると回転しながら落下していき、すぐに見えなくなった。

「これならどうだあ!」

 ミリィが両手の間にエネルギー光球を発生させた。今度のはこれまでのものよりも大きい。

 照準の誤差をカバーするだけの大出力のプラズマ弾を発生させるつもりなのである。

 直径がミリィの背たけほどもある大プラズマ弾が、タワーの反対側を上昇しているザルカンに向けて放たれた。タワーがまばゆい黄色の炎に包まれ、爆発した。赤熱した鉄骨が何本も数百メートル下方の地上に落下し、駐車場の観光バスや自動車を串刺しにした。

 ミリィは空中に静止して様子をみる。爆煙が散ってみると、高さ数十メートルの範囲にわたって鉄骨はごっそりともぎとられ、そうでないものもねじ曲がってくすぶっていた。かろうじて残った中央のエレベーターシャフトがぎしぎしと軋んでいる。東京タワーはもう少しで真ん中からぽっきりと折れてしまいそうだ。

「ふう…さすがにくたばったらしいね」

 ため息とともに額の汗を拭うミリィであったが、突然飛来したミサイルの直撃を食らって吹っ飛ばされた。爆風で鉄骨に叩きつけられる。

 ぶつかった鉄骨の方がぐにゃりとひん曲がった。

「しぶとい奴…!」

 むせびながらうめくミリィ。戦闘服がしゅうしゅうと白煙をたなびかせている。身体の各種の能力が増幅されているために、ミサイルの直撃を食ったにもかかわらず深刻なダメージは受けていなかった。

「キサマとて同じことよ。だが、今度こそ決着はつける!」

 いつの間にかミリィの側にまわりこんだザルカンが、ゆっくりとミリィの眼前に降下してきた。

 腕のビーム砲を構え、肩のミサイルポッドにミサイルが自動的に再装填される。ぴたりとミリィの心臓に狙いをつけて、ザルカンが牙の並んだ口をゆがめて邪悪な笑みを浮かべた。

 突如ミリィが急上昇した。一瞬前までミリィがいた場所で大爆発がおき、鉄骨とアンテナがばらばらと虚空に黒煙とともに散っていく。

「悪あがきをしおって…!」

 ミリィを追って、ザルカンも上昇する。上昇しながらミサイルとビーム、それに肩のバルカン砲を際限なく撃ちまくった。青いレーザーと、オレンジ色に輝く機関砲弾、小型ミサイルが極彩色のシャワーのようにミリィをかすめ、連続爆発をまきおこしてタワーを破壊していった。東京タワーはすでにズタボロである。

 タワーをなめるように上昇していくミリィが、地上から二百五十メートルの高度にある、ホットケーキのような形の特別展望台をかすめた。ミリィが放った衝撃波が、風速百三十メートルの暴風にも耐える特殊ガラスを木端微塵に打ち砕く。

 そのすぐ後に、砲弾とビームの嵐が、特別展望台に襲いかかった。

「ち…これじゃきりがないぜ。あまり使いたくはなかったが仕方ない、これを使うしかないな」

 ザルカンが発砲をやめ、懐から直径十センチほどの、メタリックシルバーに輝く金属球を取り出した。なにやら不可思議な紋様の機械彫刻が施されている。

「どりゃあっ!!」

 力一杯その金属球を投げた。それはミリィを追い越し、遥か上空の雨雲の中に静止してそのメカニズムを作動させた。

「うっ!?」

 円盤型の特別展望台の上を更に上昇中だったミリィが、とつぜん苦痛の声をもらした。彼女の足先に輝いていたエネルギー球が、ぱぁんと無数の光の微粒子となって砕け散る。

「そ…そんな…」

 いくら念じても、エネルギー球を発生させることができない。ミリィの身体は頭を下にして、翼を失った小鳥のように落下し始めた。

 彼女の目に、高度二百数十メートルの光景がとびこんできた。飛行能力を失った今、その光景は圧倒的な恐怖と現実感をもって彼女の視野を占領した。

 遥か下方の地上の、雨にけぶるビル群はすでに極小のミニチュアと化している。地平線には東京湾が見えた。そして、それらの上に覆い被さった薄い雲を、びゅうびゅうと唸りを上げる風が矢のような早さで押しやっていく。

 この高さから落ちたら、いくらガーライルフォースマスターと言えど助かる望みはない。ミリィは観念して目を閉じた。

 と、予想外の衝撃が彼女の身体を襲った。何者かが彼女の足首を掴んでいる。ミリィは目をあけた。

「ザルカン…!」

「どうだミリィ…あれはな、周囲数キロの範囲に渡ってガーライルフォースを無効化する結界を張り巡らすメカなんだよ。あきらめて降伏するこったな。そうしたら、もっとラクな方法であの世に送ってやるからよ!」

 言って、大声で笑うザルカン。

「断る!」

 決然とミリィは言ってのけた。一片の迷いもない。

「ふ…そうか。じゃ、せいぜい幸せにやってくれよ…」

 言いながら、ザルカンがぱっと手を放した。

「地獄でなあ!」

 地上に向かって弾丸のように落下していくミリィの周りで、引き裂かれる大気がごうごうと唸りを上げている。ザルカンの哄笑をその向こうに聞きながら、ミリィの意識はすうっと薄れていった。






<予告>
 ガーライルフォースある限り、戦士は戦車をも砕く攻撃力と、核にも動じない防御力をその肉体に秘める。
 だが、それが失われたいま、ミリィの運命は?
 戦士として未熟なハヤトたちがとるべき戦術とは?

 次章をよむしかない!






ミリィ「表紙へもどるかい」



ミリィ「それとも、<追跡者>一覧へいくのかい?」


ミリィ「続きをよむ! そうこなくっちゃねぇ」