追跡者S・改
第2話
「宇宙(そら)から来た少女」
第4章(終章)
俺とエミは、ようやく現場についた。はげしく放射されるミリィの精神波をたよりに着いたそこは、東京タワーだ。
「えらい騒ぎだな…」
タワーのまわりを十重二十重に無数のパトカーが赤色灯を点滅させて取り囲んでいる。あたりにはガラスの破片や、黒焦げの巨大な鉄骨などが散乱していた。
もちろん俺は、いきなり空から舞い降りたわけじゃない。
そんなことをしたら目立ちすぎる。どうしてもついていきたい! というエミをかかえた俺は、少し離れた路地裏に降り立ち、何食わぬ顔で現場に向かったのだ。
『かなり激しくやりあっているようだな』
雨雲のせいでよく見えないが、タワーの上の方ではときおり閃光がひらめいている。少し遅れて爆音が轟く。
と、甲高い笛のような音が聞こえてきた。急速に大きくなっていく。
「やばい!」
「なによ?」
怪訝な顔をするエミの手を引いて、俺は走った。
一瞬の後、ずどーんという地響きとともに、落下してきた十メートルはあろうかと思われる鉄骨がパトカーの一台のボンネットをまともに刺し貫いた。完全に貫通してアスファルトに深く突き刺さっている。
慌てた警官が逃げ出した直後、そのパトカーは火を噴いて爆発した。もくもくと黒煙が雨模様の空に立ちのぼっていく。
「ひええ、おっそろしい…」
よく見ればそこかしこで観光バスやタクシーなどが同じように串刺しになってアスファルトに縫い着けられている。
「すごい戦いねえ」
『変だぞ…』
「どうしたんだよ、レッサー」
『今突然、ミリィのガーライルフォースの波動が消えた。いや、この感じは消えたというより…アズマ、ちょっと飛んでみろ』
「よし、見られるとまずいからちょっと、だぞ」
言って、俺は足もとにエネルギー球を発生させようとした。
レッサーの解説によれば、飛行の原理はこうだ。
ガーライルフォースによって発生させた足もとのエネルギー光球。こいつが、俺の周囲の大気分子を制御して、一定方向に高速で噴射することにより、空を飛べるのだという。
が、いくら念じても何事も起こらない。
「おかしいなあ…」
『やはりそうか! ザルカンめ、ガーライルフォース無効化結界を展開しおったな!』
「つまり、ガーライルフォースが使えなくなっちゃうってことでしょ!? そりゃまずいわ!」
さすがにエミは飲み込みが早い。
『アズマ、助けにいくぞ!』
「どうやって!?」
『私のガーライルフォースが使えないから空は飛べないが、君の肉体的能力を増幅してやることはできる。だからどうにかして…』
『増幅』はレッサーが直接俺の身体をいじって行うことだから、ガーライルフォースとは関係ないのだ。
「それにしたって、人に見られるなあ…」
「それならこれを使いなさい!」
言って、エミがなにかの面を俺の顔にかぶせた。目のところに黄色いプラスチックが使ってあるせいで、視界が黄色く見える。
「なんだ、これ」
「こんなこともあろうかとさっき買っておいたウルトラマンのお面よ! これで心おきなく戦えるでしょ!」
「いい年してお面かあ…」
とはいうものの、他にいい案も思いつかないので仕方ない。俺はため息をついて、小さく肩をすくめてみせた。
「君たち、こんなところで何をしてるんだ! ここは危険だ、早く避難しなさい!」
声に振り向くと、警官だった。
少々困惑した表情だった。女子高生とウルトラマンの面をかぶった少年という組合せの理解に苦しんでいるらしい。
「あ、すいません、ちょっと道に迷っちゃって…」
絶対、そうは思えないだろうなと思いながら弁解する。
「いいからさっさとここから離れたまえ! もうすぐここは戦場になる。自衛隊が出動したそうだからな」
刹那、強烈な閃光が俺らの目を襲った。同時にすさまじい雷鳴が轟く。かなり大きい雷だ。
『アズマ! 無効化結界が消滅したぞ!』
「よっしゃ、いくぜ! おっさん、ご免!」
どかーっと俺は警官に一撃をくれてやった。たちまち路上にのびてしまう。
「エミ、お前はここでおとなしくしてろよ」
言って、俺は弾かれたように空へ飛び上がった。タワーにそって上昇していく。地上の風景が急速に小さくなっていった。
『アズマ! ミリィが!』
「わかってる!」
空から一直線に落下してくるのは、気絶した異星の少女だった。受け止めるのは二度目…俺は、今度は躊躇しない。
「ふん、稲妻で結界プロジェクターが破壊されたか。ま、ミリィを倒すことが出来たのだからそれでいいが」
ザルカンはそう呟くと雨空を仰ぎ見た。二百年来の宿敵だったが、いざ倒してしまうと虚しいものだ…。
「心地いい空虚にひたるのはまだ早いぜ!」
「なんだと!?」
ザルカンの目に飛び込んできたのは、ミリィの身体を抱き抱えて上昇してきた地球の少年だった。
俺は一旦降下した。半壊した特別展望台に、気絶したミリィをそっと横たわらせると、面をひっぺがして再びザルカンに向き直った。
投げ捨てられた面は、風にさらわれてすぐに見えなくなった。
「お前がザルカンって奴か。化け物め」
レッサーのおかげで、俺の心に恐怖はない。それに、なぜだか怒りを感じてもいる。俺の脳裏に、気絶したミリィの顔が一瞬浮かんだ。
「そうか…キサマがこの前ソドグロムを倒した者だな。それにしても、現地人の肉体に憑依していたとは、意外だった」
『お前たちの目的はなんだ! 反星連となにか関係があるのか!』
「ふ、バカが、まだそんなことにも気づいていなかったのか。あの護送船で護送されていた犯罪者は、全てがかつての反星連の構成員だった者たちだったんだよ。俺たちは戦力として再び招集されたのだ」
『やはり、反星連は星連に再び戦争を仕掛ける気なのか!』
ザルカンが腕のレンズ状の器官を俺に向けた。
「お喋りはもう十分だ。キサマを消す!」
『アズマ!』
俺はとっさに身体をひねって、ヤツの放った青い光線をかわした。
「レッサー、どうやって攻撃したらいい!? こないだみたく、なんにも考えてない…なんてのはナシだぞ!」
『うーむ…』
「いそげ!」
『…うむ。今のキミには何も手持ちの武器はないが、残された最後の武器を使うのだ』
「?」
『愛と正義と友情! これが、最大の武器だ!!』
俺の頭の中は一瞬真っ白になった。
『というのは冗談で…』
笑えるか!
『精神を集中し、エネルギー球を手の先に発生させろ。私のガーライルフォースによってプラズマ弾を撃つ』
ザルカンが肩の多連装ミサイルポッドから大量の小型ミサイルを一斉発射した。すさまじい轟音とともに迫ってくる。
「うわあ!」
かわした俺の背後で、大爆発。特別展望台の上の、細くなっている部分でタワーがぽっきり折れ、鉄骨や放送用のものらしい丸いアンテナの残骸をまき散らしながら地上に向かって落下していく。タワー先端の、尖った避雷針が恐ろしげだった。
「ありゃりゃ…東京タワーが短くなっちゃったな」
『お前がよけるからだ。ちゃんと当たってやらなきゃいかんじゃないか』
「ムチャ言うな!」
落下していった数十メートルの鉄塔は、
ずずーんという音を立てて地上のビルにめりこんだ。一般市民にしてみればいい迷惑だ。
俺が手を空中にかざし、その先にあるエネルギーの塊をイメージすると、オレンジ色にまばゆく輝く光球が出現した。
『よし、ヤツに当たるように念じて、引き金をひくようにイメージしろ!』
俺が心の中で架空の引き金をひくと、光球がぽうっと微かな音をたてて紅い光の砲弾を吐き出した。一直線にザルカンに向かって飛んでいく。
「当たれ!」
だが、その光弾はとんでもない方向へ飛んでいってしまった。ザルカンが肩をゆらして笑っている。
「馬鹿め、ここではプラズマ系の攻撃は無効化されちまうんだよ!」
『そうか、奴め。このタワーの放つ電波を利用したか』
「どうするんだ!」
『うーむ』
またもや唸るレッサー。こいつ、こればっかだな…!
『やっぱ、愛と正義と友情しかないかな?』
「俺、もうやだ……」
とかなんとか馬鹿やってる内に、ザルカンの腕のビーム砲が閃いた。
『シールドだ!』
俺の手の中の光球から光の微粒子が一斉に放たれ、光り輝く半球状の防御盾となった。ヤツの放ったビームがぶつかり、火花を散らして、一直線に跳ね返っていく。
「やった!」
だが、反射した光線が当たる寸前、ザルカンはわずかに身体を動かして難なくそれをかわしてしまった。
『さすがだな…ソドグロムなどとは、ケタが違う』
「感心してる場合かっ!」
俺が言ったとき、背中にものすごい衝撃と熱波の奔流が押し寄せた。ひとたまりもなく吹っ飛ばされ、タワーに叩きつけられる。
「ちくしょう…時間差攻撃ってわけか…」
ヤツの放ったミサイルが命中したらしい。
俺の着ていたTシャツは黒焦げの切れ端となって、ぼろぼろと高度二百五十メートルの空に散っていった。
「こいつは、この前みたいに簡単にはいかないな」
息を切らせながら、ねじ曲がった傍らの鉄骨に腕をまわす。
風が、ごおっと咆哮して俺の側を駆け抜けていく。冷たい雨粒がいくつも俺の頬を打った。
「所詮は地球人だな。パワーはともかく、戦術的にはまるで経験不足だ。安心しろ、キサマを片付けたらすぐにあの女も送ってやるからな」
ザルカンが腕のビーム砲を俺に向ける。
足もとには、二百五十メートル下まで虚空が口を開けている。タワーをふき抜ける風の唸りが、急に恐ろしげな魔物の雄叫びのように聞こえてきた。
「う…うん」
ぽつぽつと顔に冷たい雫が滴っている。ミリィは目を開けた。あたりを見回しながら起き上がる。
「どうしてあたしは…」
そこは、狭い円形の特別展望台の中だった。半分がた崩壊しているために、びゅうびゅうと突風が吹き込んでくる。
引きちぎられ、折れた構造材が風に揺れていた。ぱっくりと口をあけている天井から、上空でザルカンと戦う少年の姿が見えた。
「あいつが助けてくれたのか」
つぶやくミリィ。
だが、ザルカンの放つレーザーとミサイルに地球人は追いまくられており、ときどき放つ反撃のプラズマ弾はまるで見当違いの方角へ飛んでいってしまう。
「無茶だ」
いくらレッサーが憑依しているとはいえ、ザルカンの戦闘能力はその地球人の実力を遥かに凌駕しているのだ。
どうしたら、ヤツを倒すことができるんだろう。
思案にくれていたミリィの姿を、電光が照らした。雷鳴がそれに続く。ミリィがはっと思い当たる。
「そうだ! ヤツの身体に埋め込まれてる<サイバーギア>をショートさせれば、ひょっとして倒せるかも!」
思いつくと同時に、ミリィは空へ飛び立った。衝撃波が、床に散乱していた破片を舞い上げる。
「うわあああああああ!」
何度目かのミサイルの斉射が、俺の身体を捕らえた。爆風で弾き飛ばされ、くるくるとスピンする。いくら『増幅』されているとはいえ、こう何度も食らってしまうと…
「ザルカン!」
この声は!
『ミリィ!』
「君、もう平気なのか!?」
「ああ、どうってことないさ」
ミリィがこともなげに言ってのけた。だが、そういう彼女の顔は黒くすすけ、鮮やかだったグリーンの髪も灰をかぶっている。どうやらそういうことを気にするような女性ではないらしい。
「ちい、もう復活したか!」
ザルカンが舌打ちした。肩のバルカン砲がせりだし、腕のビーム砲を構える。
ミリィが両手の間にエネルギー球を発生させた。ばちばちと蒼白いスパークがからみついている。
「食らえ!」
青く白熱した烈しいイナズマがエネルギー球から吐き出された。巨大な光の大蛇のようにうねり、咆哮してザルカンに迫る。
「うおッ!」
今までこちらの攻撃に少しも動じなかったザルカンが、初めて焦りの表情をみせた。
だが、正にイナズマが命中する! と思われたその瞬間、ザルカンの腹部の装甲の隙間から覗いたメカが輝いたかと思うと、ザルカンの身体は黄色く発光する透明な球体に包み込まれていた。
ミリィの放ったイナズマは、その発光体に弾かれ、ばりばりと火花を四方に散らして消滅してしまった。
「ち、バリアか!」
ミリィが舌打ちする。
「ふうっ…このシールドは、キサマらの攻撃では破れんぞ」
シールドもバリアも、同じ意味の言葉らしい。
『どうする、ミリィ』
「うん、高圧電流でヤツの身体のサイバーギアをショートさせれば、なんとかなると思ったんだけど…なんとかしてあのシールドを破らなきゃ無理だね」
サイバーギアというのは、身体強化のために体に埋めこまれる機械のことだ。レッサーが心の中で解説してくれた。
「なんか、決着がつかないなあ…」
俺がぼやいたときだ。ばたばたという騒々しいエンジン音が接近してきた。
振り返ると、数機の、濃緑色に塗られたヘリコプターが目に入った。
どう見ても民間のものには見えない。角張った機首の下から突き出しているのは、何かの銃だろうか。胴体の小さな翼に取りつけられている筒からは、ミサイルらしい物の先端が覗いていた。
俺の目は、ヘリの胴体に白く書かれた文字をとらえる。
「陸上自衛隊のヘリだ」
『ま、あれだけ派出にやれば当然だな』
注意してみると、遠くの方にはマスコミ関係のものらしいヘリの姿も見えた。
「まずいなあ…」
『なに、あの距離からでは顔までは判別できんだろ』
このやろ、ひとごとだと思って無責任な!
「自衛隊の方は、どうするんだよ」
俺の質問に対する答えは、すぐに出た。ザルカンが有無を言わさずビームを発射したのだ。
一機の自衛隊ヘリがもろにエンジンを撃ち抜かれ、赤い炎に包まれて墜落していった。途中でタワーにぶち当たって爆発し、粉々に吹っ飛んだ。
ちぎれたローターが、竹とんぼのように回転して火の粉をまきちらし、落下していく。
「ザコはすっこんでな!」
ザルカンが言うとほぼ同時だった。残りのヘリの機首に装備されている砲が、一斉に火を噴いた。
ザルカンばかりでなく、俺やミリィも狙っている。黄色い曵光弾のシャワーがぴゅんぴゅんと音を立てて降りそそぎ、幾らかは命中した。
「いででででで! 俺は地球人だってのに〜!」
大きめのカブト虫が、いくつも背中にぶつかってきたみたいだ。俺の体は、空中で小刻みにこづかれ、前に押された。
着弾のショックはけっこうでかいが、ザルカンのミサイルに比べればマシだった。せいぜい服に穴が開くだけで、ダメージはまるでない。
ザルカンはもちろん、ミリィも同様だった。
『お、ミリィの目付きがかわったぞ』
「うざったいんだよ!」
ヘリが発射したミサイルをかわすと、ミリィが電光を放った。稲妻に捕らえられた生き残りのヘリがまとめて爆発し、完全に粉々の破片と化して空に散った。
「おっそろしい性格をしてるな、あの娘…」
ヘリの爆発が、大量の黒煙を空に残した。風にふき散らされた黒い塊が、どっと俺の方に流れてきて覆い被さってしまった。熱い爆煙が俺の視界を阻み、何も見えなくなる。
「うわっと、冗談じゃないぜ」
そう言ったときだった。いきなり俺の手足に激痛が走った。
「な…!」
ザルカンだった。俺の手足に、鋭い刺身包丁のようなツメが突き立っている。鮮血がほとばしった。
「ぐあああああ!」
「くふふふ、油断大敵だぜ、小僧」
ぎりぎりとザルカンのツメが肉に食い込み、焼けるような痛覚が俺の意識を占領した。ザルカンが俺を抱き寄せる。
「レッサー!」
ミリィが攻撃しようと身構えた。
「動くな! 余計な手出しをすれば、こいつの死が早まるだけだぜ」
言って、ザルカンが、牙を備えた醜い顔を俺に向けた。生臭い息がかかる。
「まずはお前からあの世に送ってやる。俺さまのプラズマジェット流で、灰にしてやるぜ…!」
『逃げろ、アズマ! 君のような炭素系生物がそれを食らったら、数千分の一秒で素粒子レベルまで分解されてしまう!』
めずらしくレッサーが取り乱している。
「んなこと言ってもよ、こいつ…」
ザルカンが俺を押えつける力は、物凄いものだった。いくらもがいてみても、万力のように俺を締めつけているヤツの腕から脱出できそうな気配はない。
「ちっくしょう!」
「覚悟をきめるんだな、小僧」
ヤツの口の中に、ぽっ、と蒼い光の点が灯った。それが急速に大きくなり、蒼白い光が強まっていく。
もはや抗う気力も失せて、俺はヤツのなすがままになっていた。
不思議に恐怖はない。
前に小説で読んだことがある。生死をかけた戦闘中の兵士は、その異常な興奮状態のなかでは、死の恐怖を感じないのだという。
それにしても、これで終わりか。せめてエミの奴に一言ぐらいは、俺の……
ゆっくりと目を閉じたそのとき−−
「アズマーッ!」
ジャッという音とともに、俺を締めつけていたザルカンのツメが焼き切れ、俺は自由の身になった。渾身の力をこめて、ザルカンのアゴを蹴り上げる。
天空に向けてロケットの噴射炎にも似た、すさまじい火炎流が噴き上げられた。一直線に伸びていった蒼い白熱した火線は、灰色の雨雲を引き裂き、一瞬青空が覗く。
『あぶないところだったな』
「まったく、やってくれるぜ!」
下の方を見ると、タワーの非常階段に危なっかしげにつかまりながら銃を構えているエミの姿が目に入った。
『あれはミリィの銃じゃないか』
レッサーが呟く。ミリィが地上に落としたのを、エミが拾ったらしかった。それにしても、よくここまで上ってこれたものだ。
「前から一度撃ってみたかったのよ、こういうの」
まだ銃口から青い煙の立ちのぼっている銃をしまって、エミが俺に手をふった。
「おのれキサマらあああ!」
ザルカンが咆哮した。完璧に逆上している。
「こうなったら、核分裂弾で吹っ飛ばしてやる! まとめて地獄へ行きやがれえええええ!!」
わめきながら、急上昇していく。腹は下に向けている。
『まずい! この都市全域が消滅してしまうぞ!!』
「マジかよ、それ!?」
ザルカンの腹を覆っている装甲の一部が勢いよく展開され、口を開けた。その露出した内部メカから、大砲のような砲身が突き出した。
『いかん!』
「くははははははは! 死ねえええい!!」
ヤツが大口を開けて哄笑したときだった。
唐突に飛来した、五メートルはあろうかと思われるオレンジ色の鉄骨が、むき出しになったザルカンの腹のメカに深々と突き刺さった。
「ぐはッ!?」
勢いよく貫通し、背中から鉄骨の尖った先端が二メートルほど覗く。青緑色の体液で、その先端がぬらぬらと光っていた。
「ば…馬鹿な…」
口からごぼごぼと体液を吐き出しながら、ザルカンがうめいた。混乱したように、二重構造の瞼が、左右別別に開いたり閉じたりしていた。
信じられないというように、腹に突き立った鉄骨を、震える手で握りしめている。
「油断大敵。レッサーの方に夢中になってて、あたしの方を忘れてたのがまずかったね」
言いながら、ミリィがゆっくりと上昇してきた。今のはミリィが投げたものらしい。ガーライルフォースマスターだかなんだか知らないが、とんでもない怪力娘だ。
『なるほど。いくらヤツの装甲が頑丈だといっても、内部メカまでは防御できんわな』
「あいつのシールド発生機は、腹にあった。これでもうヤツは、シールドを展開できないはずだよ」
「ぐぬおおお……っ、まだ、まだ負けたわけじゃねえ!」
ザルカンが叫んで、ビーム砲やバルカン砲を撃ちまくって突進してきた。
飛び散る体液が、飛沫となって雨の東京に散っていく。
「ザルカン……」
ミリィが片手にエネルギー球を発生させた。突進してくるザルカンに向ける。
「ザルカン、これで終わりだ!」
ミリィの掌中に、黄色く光る球体が生まれた。そのまわりで、小さな稲妻が跳ね踊っていた。まるで、母蛇にまとわりつく光の仔蛇のようにみえる。
「サンダーアーク!!」
烈しい閃光とともに、巨大な稲妻の束が発射された。戒めを解かれた雷神が、嬉々として標的に襲いかかる。
ザルカンの腹に刺さっている鉄骨に、ミリィの稲妻が吸い込まれるように命中した。
「ぐぎゃあああああああ!」
ザルカンの絶叫とともに、すさまじい雷鳴が衝撃波となって俺たちを襲った。かろうじて持ちこたえる。
荒れ狂う雷電光がザルカンの身体に絡みついていた。激しいスパークが飛び散り、閃光がまき散らされる。
青白い閃光に、ザルカンの自嘲気味の笑みが浮かびあがった。
「ミリィ…キサマ、強くなりやがったな」
ザルカンの目が、ふっと光を失った。
次の瞬間、大爆発がおこり、炎と爆炎にまじって奴の肉片とメカの残骸が、東京の空に散った。
「やったぜミリィ!」
エミのはしゃぐ声が聞こえる。ふう、やっと終わった…。
と、俺が思ったのもつかの間、ぎぎぎ…という金属の軋む音が響く。
「エミ、危ない!」
慌てて降下してエミを空中に引っ張り上げる。
その背後で、いままで、かろうじて残った鉄骨でどうにかもっていた東京タワーの上半分がゆっくりと、スローモーションのように傾き、折れ曲がって−−
ぐわあああんという地響きと、
ダイナマイトが炸裂したかのような大量の噴煙をまきあげて、地上のビル街に突っ込んだ。
とうとうやってしまった!
パトカーや、救急車のサイレンがあちこちから聞こえてくる。
「う〜ん、東京タワーを倒壊させるとは。アズマ、あなたもけっこう王道をいくわねえ!」
「なにが!」
「あら、だって、古くはモスラに始まって、東京タワーを壊した怪獣って多いのよ。ガメラもそうだし、マイナーなところでキングゼミラとか。あ、これは壊してないか?」
俺はエミをどやしつけてやりたくなったが、まあ今回は彼女にも助けられたので、とりあえず受け流す。
「ねえ、どうでもいいけどさあ、ずらかった方がいいんでないの?」
呆れた様子で腕組みしてたミリィが言った。遠くからヘリの接近してくる音が聞こえる。
「逃げるぞ!」
俺の声に、全員が勢いよくその場を飛び去った。
『うむ、賢明な選択だな』
「ひとごとみたいに言うなっての!」
「ザルカンが、殺られたか…」
「は、先ほど反応が完全に消滅いたしました」
ギグデイノスの艦橋で、岩顔の参謀の報告にケツァールスが沈痛な面持ちで頷いた。
「ガーライルフォース反応は、二つとも健在です」
「ううむ…これはどうやら、きゃつらの力を過小評価しすぎていたようだな」
嘴に手をあて、考え込む。
「なんとしても、リクター閣下がいらっしゃるまでには、きゃつらを屠らなければ。我々の計画に、重大な障害となる恐れがある」
ケツァールスが思案していたとき、ブリッジの静寂を電子音が破った。オペレーターが通信機のインカムを手にとる。
「艦長、ギガプロガノンから入電です。ただ今リクター総統閣下の艦隊は、惑星ガダルのドックを発進したとのことです」
「な、なんと…それで、この星系に到着するのはいつ頃になるのだ」
「星連の監視網をくぐり抜けて来ますから、かなり時間がかかるようです。およそ十ヵ月後になります」
「十ヵ月…か。それまでにきゃつらを片付けねばならんが、しかしザルカンを敗るほどの実力者となると…」
「艦長、リクター総統閣下からの通達によりますと、惑星地球のガーライルフォースマスターに手をだす必要はないとのことですが」
ケツァールスが、豆鉄砲を食らったような顔をした。
「手を出す必要はない!?つまり、あのまま放っておけとおっしゃられるのか!?」
「そのようですね」
「ふむ、そうか…」
ほっと安堵のため息をつくケツァールス。
「では、今まで通り作戦を遂行する。超空間ジャミングもこれまで通り続行する」
「了解」
数日がたった。相変わらず俺は、狭くて暑苦しいSF研の部室で、模造紙に文章を書き連ねていた。マジックの臭いが、いいかげん鼻につく。
「なあ、レッサーよ…」
ふと手をとめて、訊いてみる。
「まだあんな凶悪な犯罪者どもが、うじゃうじゃこの地球にいるわけ?」
『そうだ。なにを分かり切ったことを、今更』
「はああ…これから先、あんな奴らと延々と戦っていかにゃならんのかぁ…」
『ま、仲間も増えたことだし、なんとかなるだろ』
「なんでお前って、そう楽天的なのよ…」
そう言ったとき、部室の扉がガラガラと開いて、エミが入ってきた。手には怪しげなメカや怪獣の模型を大量に抱えている。
「あら、どうしたのよアズマ。元気ないわね」
「いや、これからずーっと悪のエイリアンどもと戦っていくのかと思うと、力が抜けちゃって…」
「♪きぃみは誰かを〜愛しているかぁあ…」
いきなりエミが歌い出した。
「♪それは生きてるこぉとなんだぁ〜」
「だーっ!やめんかい!」
「なによ、せっかく歌を歌って励ましてあげようと思ったのに」
「んな励ましかたがあるか!」
「そういえば今度さあ、カラオケ行かない?いいところがあるのよ」
「…お前と行くと、アニソンと特ソンしかないよーなところだからやだ」
このマニアックな趣味さえなけりゃ、なあ。エミの長い黒髪と、夏服のセーラー服という組み合わせは、なかなかに見れたものなんだが……。
因みに特ソンというのは、『特撮ソング』の略ね。
「だからいいのに。戦隊モノの主題歌なんて最高だと思うけどなあ…」
などとどうでもいい会話をしていると、ミリィが入ってきた。今日は戦闘服でなく、普通の服装をしている。Tシャツに半ズボンという、いかにも女子中学生といったような私服姿だ。髪の色と耳の形は、地球人とは似ても似つかないが。
「なあ岩戸、このTVの部品少しもらっていいかな?」
「ああ、いいけど。何に使うんだ」
「超空間通信機を作ろうと思ってね。それさえありゃ、星連の援軍を呼べるからさ」
ミリィは今、学校の敷地内にある林園におかれた小型の宇宙艇の中で寝泊まりしている。例の護送船から脱出するときに乗ってきたもので、追撃を受けたときに多少の損傷は受けたものの、まだ十分使えるらしい。
ただ、通信機は追撃を受けたときに破壊されてしまったらしい、とのことだ。
「援軍かあ。ほんとに来てくれんのかなあ」
「まず超空間通信機が出来ないと話にならないね。通常通信だと、一番最寄りの星連支部まででも二千年ぐらいかかっちゃうから」
「そ、そんなに…はぁあ、もう絶望的じゃないか…」
と、俺がため息をついたら、ミリィが俺の肩をだきよせた。
「なにを弱気になってんだい!このあたしとレッサーがいるんだから、あんな犯罪者どもなんて一ひねりだよ!」
明るく言って、笑顔を見せる。俺もミリィの可愛い笑顔につられて、へらへらと破顔した。とりあえず、ミリィが前向きな性格をしててよかった。
「こらそこ!べたべたしてないで、こっちも手伝いなさい!」
エミの声がとぶ。
「はいはい…」
部室の片隅で模型をいじっているエミの傍らに座り込んで、適当に手伝う。
「そこのムーンライトSY−3の可変翼を仕上げといてね」
「俺も宇宙研の仕事があるんだけどなあ…」
歯向かっても無駄だとわかっているから、とりあえず手伝ってやる。模型製作の技術は、エミに仕込まれている。
「面白そうだねぇ」
ミリィが肩越しにのぞきこんで言った。しゃがんで、置いてある円盤の模型をいじる。もともと、こういう類いのものは嫌いではないらしい。
「ちょっとミリィ、そのキラアク円盤はまだ塗料が乾いてないのよ」
「ありゃりゃ、手についちゃった。ふかせてね、岩戸」
と言うや否や、俺の背中にごしごしとこすりつけやがった。
「をい!」
『まあいいではないか。どうせ薄汚いTシャツなんだ』
「このやろ、また人ごとだと思って…お前ちょっと、ミリィには甘いなあ」
『む、そうか?』
「ちょっと!むだ話してないで、手を動かしなさい!」
「…なぜ俺が…」
「手伝いたくないなら、別にいいわよ。そのかわり、宇宙研の文化祭準備は通路でやってもらうことになるけど」
「…ちくしょ〜…お前、ロクな死に方せんぞ」
ぼやく俺の隣で、ミリィが耳をぱたぱた動かして笑っている。
「地球人もなかなか大変だねえ」
『ま、その内いいこともあるだろ』
無責任なエイリアン二人組であった。
「うぅっ…こうして俺の夏休みは過ぎ去ってしまうのかあ…」
という悲痛な俺の嘆きにもお構いなく、外からは蝉時雨が騒々しく聞こえてきていた。
[つづく]
<予告>
湾岸の石油化学コンビナートを襲う謎の大怪獣。またも宇宙犯罪者の仕業なのか?
戦いのさなか、ミリィの種族の謎が見え隠れする。彼女たちは、この銀河系の歴史においていったいどんな位置を占めてきた種族なのだろうか?
そして、火星軌道上から侵入してきた謎の航宙艦の正体は?
次章、<リュートが来た!>おたのしみに!