追跡者S第2話「宇宙から来た少女」第1章
追跡者S・特別篇(暫定版)
第2話
「宇宙(そら)から来た少女」
第1章






                           
 太平洋上の高空をそいつは飛んでいた。

 そいつは、名をザルカンといった。

 大きさはせいぜい三メートルほどで、手足があり、翼をもっていた。地球の戦闘機と比べてみても、かなり小型である。だが、外見とは裏腹に、そいつは恐ろしいほどの戦闘能力をその肉体に秘めている。もちろん地球上の生物ではない。

 彼は、ある任務を帯びて日本に向かっていた。殺戮を好む残忍な性格故に、多くの犠牲者をだしながら。

 超音速で大気を引き裂きつつ、新たな殺戮のゲームの対象を探す。

 獲物を見つけると、彼は体を残忍な喜びにうちふるわせながら、猛然と攻撃を開始した。

 ザルカンのガンメタリックの体から放たれた無数の小型ミサイルは、唸りを上げて、その大型ジェット旅客機に襲いかかった。

 なにも知らずに飛行していたその旅客機は、次の瞬間に炎の塊となり、木端微塵に爆発した。

 砕け散った金属片と、一瞬前まで乗客や乗員であった肉片とがくすぶりながら、バラバラと遥か下方の太平洋へ落下していく。

「けっ、なんと墜とし甲斐のないメカだ。前に墜としたシャプレーの戦艦はもっと楽しませてくれたがなぁ」

 吐き捨てるように言い残すと、一路目的地を目指した。




 月の裏側の衛星軌道上に、全長九百メートルの金属製の物体が静止していた。
無論、地球からは見えない位置である。

 たとえ地球の探査機が月の裏側を撮影したとしても、そこには真新しい巨大なクレーターの他には何も変わったものは見出せなかった筈だ。その物体は、可視光を含めた殆どの電磁波を偏向させる特殊なカムフラージュ用のシールド を周囲に展開していたからである。

 名を、ギグデイノスという。強力な火力を備えた航宙戦闘艦である。あきらかに異星のものであるとわかる異様な姿をしている。この艦を設計した異星の技師の美的感覚からすれば、美しいと感じられるのかもしれない。

 その艦のブリッジには、数十人からの多種多様な異星種族がいた。各々のコンソールにつき、操作している。

 コンソールは、どんな種族にでも操作できるように、自在に高さや操作方法、ディスプレイの表示方法などを調節できるようになっているため、ブリッジのコンソールは形も大きさもまちまちだった。

 もし地球の軍人が見ていたら、ひどく統一のとれていない艦だと思ったに違いない。

 だが、実際のところはそうではない。むしろ地球の未発達な軍事システムよりも、遥かに洗練された指揮系統とメカニズムを備えていた。彼らは地球人類が飛行機を作り出す遥か以前から星々の海を渡り、惑星をも粉砕する砲火を互いに交えていたのであるから、それも至極当然のことであった。

 それも、ここにいる種族の殆どは生まれたときから戦うことを運命づけられている者たちであり、一人一人の士気や練度は極めて高い。

 彼らは、現在この銀河系を平和的に統治している組織、<銀河星系連合>に属してはいない。星連に敵対し、幾度となく戦いを挑んできた巨大な軍事組織−−<反銀河星系連合機構>に属していた。(略して反星連などと呼ぶ)

 この銀河系にはおよそ三千もの知的種族が存在していたが、その三分の一ほどは二万年前に星連が結成された際にも加盟せず、敵対する軍事国家だった。

 以来、星連とそれらの軍事国家との争いは果てることがなかった。

 といっても、星連に当時加盟しなかった一千の軍事国家がお互いに協力しあったわけではない。ほとんどが帝国主義をとっていたそれらの国家は、列強同士で植民地の獲得をめぐって激しく争っていた。それらがあるとき一つにまとめ上げられ、現在の反星連となったのである。

 だが、反星連は約二百年前に星連に全面戦争をしかけ、その結果敗退し、現在は縮小された自治領の中でおとなしくしている筈−−だった。

 太陽系のような発展途上惑星系や、居住不能の無人惑星系などは星連規約によって公宙領域とされ、干渉することは禁止されている。したがって、ここに反星連の航宙船が潜んでいることは、本来ならば到底考えられないことである。

「ザルカンはどうした」

 ギグデイノスのブリッジで、異形の軍服を着込んだ異星人が部下に訊いた。

 彼はこの巨艦の艦長であり、名をケツァールスという。嘴と、とさか状の突起物を備えたその顔は、太古の翼手竜を連想させる。

「もうまもなく目標の都市に到着する予定です」

 傍らで佇んでいる参謀士官が、その岩のようにごつごつした顔面の一部の開口部を微かに動かし、暗いブリッジに色とりどりの情報光を投げかける壁面のディスプレイを見遣りながら、くぐもった声で応えた。

「よし…手はずは整っているな?」

「は、原住民の軍備データ及び、星連の追跡者の詳細な戦闘データの採取を行うための探査機はすでに衛星軌道上に待機しております」

「上出来だ」

 ケツァールスはそう言って、嘴の端を微かに歪めた。微笑んでいるのである。

 この参謀は、いつも的確に任務をこなしてくれる。

 ケツァールスの出身種族、オリティア系鳥人族は三世紀前に初めて外宇宙銀河文明に接触した、いわば新参者であったが、優れた独自の軍事体系をもっていたために現在では反星連の中でもかなり発言権が大きく、彼のように上級士 官に属する者も少なくない。

 それにしても…と彼は思う。ザルカンのようなレベルの高い兵士まで繰り出さねばならぬとは、予想外の事態だ。最初の計画では、護送船の乗員とあわせ、星連の保安要員も全滅させる筈だったのだが、まさか生き残りがいたとは。

 ソドグロムは確かに知能はあまり高くはないが、それでもかなりの戦闘能力を有していた。ましてやあの狭い小型艇で逃げ延びたのだから、重火器の類いは持ち出す余裕などなかった筈だ。となると、ソドグロムを倒した保安要員は、<超次元攻撃系>の熟練者なのかもしれない。

 それに、生き残りは一人とは限らない。原住民がアメリカと呼ぶ大陸で、この数ヵ月で何人もの同志が消息を絶っている。もしこれが星連の保安要員の生き残りによる仕業であるとすれば、こちらも超次元攻撃系の熟達者である可能
性が大きい。

 超次元攻撃系の熟練者、か…。もしそうなら、そいつの存在は、我々の計画にかなりの影響を及ぼすことになる。

 そう思うとケツァールスは、背に僅かに生えている退化した羽毛が、軍服の下で逆立つのを感じた。

 超次元科学の応用による戦闘能力増強というのは、兵士や宇宙犯罪者たちの肉体強化手段の中でも最高峰のものであるが、彼らの科学技術では実現不可能であるという問題点があった。

 戦闘目的のために肉体を強化改造するにはいくつかの手段がある。

 まず第一に機械的手段によるもの。サイボーグと呼ばれるものだ。最も一般的かつ安上がりな手段である。

 ビーム兵器で例えるなら、体にレーザー発振機を埋め込むというのがこれにあたる。

 次に遺伝子操作など細胞レベルでの強化手段。これはかなり高度な技術で、これを採用する者はあまり多くはない。時間と金がかかり、おまけに失敗すればなんらかの障害を負うことも多いからだ。ビーム兵器でなら、眼球に似た構造をもつ、生きたレーザー発振器官を自己の肉体に発生させるというのがこれにあたる。遺伝子レベルでの改造なので、もし生殖機能を失っていなければ、子孫にもその形質は受け継がれる。

 超次元攻撃系は、更にその一歩上をいく。いわゆる『超能力』というやつだ。
 これは<ガーライルフォース>攻撃系とも呼ばれ、原理すらろくに解明されていないもので、反星連でも、星連でもこの能力を付加する方法を解明したものは皆無であるという。

 実のところ、これは遥かな昔にこの銀河に栄えていた<インファルト帝国>という古代超科学文明の遺産であり、インファルトの科学によって特殊な遺伝子操作を受けた者の子孫にしか使いこなせない能力であるらしかった。

 ときおり先祖返りを起こした者がこの能力を備えて生まれてくることがあり、それにより、わずかながらだが研究が進められたのである。

 ビーム系の攻撃に応用した場合、外見的には全く普通の人間が、掌などから高エネルギーのプラズマ弾を放つなどという芸当が可能になる。機械や細胞レベルでの強化手段と違い、恐ろしく応用範囲が広く、エネルギー源にも限界がないらしい。『超次元』という名の示す通り、この宇宙とは違う次元から何らかの形でエネルギーを取り出すらしい…ということぐらいしか分かっていない。

 この能力をもつ者は、現在では殆ど皆無に等しい。だが、その皆無に等しい存在に、反星連はおおいに苦しめられることとなる。

「ザルカン空戦士、目標上空に到着いたします」

「よし。攻撃開始!」

 だがそのとき、オペレーターがコンソールに見入り、声を張り上げた。

「…ちょっと待って下さい! ガーライルフォース反応がザルカン殿に急速接近しております!」

「む、もう現れたか、<追跡者>め…いい機会だ、まとめて片付けろ!」




 岩戸アズマと加納エミは、誰もがクーラーのきいた部屋に閉じこもっていたいと思う、くそ暑い真夏の昼過ぎ、物好きにも出歩いていた。この時期、(まじめな)文化部員は誰だって行う、文化祭へ向けての準備のためである。ただ、彼らの場合は少々変わった趣向であった。



「ふう、やっと着いたか…」

 俺は額に浮き出た汗を拭って、冷房のきいた展示場でため息をついた。

 俺とエミは、池袋にある某高層ビルに来ていた。そこで、『特撮ヒーローフェスティバル』などという催物があるというので、わざわざ夏休みを一日つぶす覚悟でやってきたのだ。

 エミはそこで展示されている怪獣の縫いぐるみだの模型だのを撮影して、SF研の文化祭での発表に使うらしい。

 俺はあまり関係ないよーな気もするが、一応SF研の部員名簿に名を連ねているということで(エミが勝手に書いたのだ)、強引に駆り出されてしまったのであった。

「なんだか来るだけで疲れたなあ。ちょっと休もうぜ」

「休むんじゃなくて、怪獣を見るの!」

「それはお前が勝手にやっててくれ…」

 俺は別にそういうモノに興味はないんだ、と続けようとしたとき−−

「あら、なにかしら、あれ」

 エミが夏の太陽に目をしばたかせながら、窓の外を見た。

「ん?」

 見てみると、青空の彼方、ビル街の遥か上空に小さな黒い点がぽつりと一つ。

「なんだよ、またなんかのUFOか? もうやだな、俺…」

 言いながら、そういうものに慣れっこになってしまっている今の自分が恐ろしい…などと、どうでもいいことを思っていた。

『い、いかん! 早く逃げろ、アズマ!』

 俺の脳裏に声が響く。

「お、黙ってるからいないのかと思ってたぜ、レッサー」

「まるでペギラか何かが襲ってきたような口ぶりね」

 レッサーの声は、エミにも聞くことができる。

「逃げろったってなあ、どこに逃げるんだよ」

 そのときだ。上空の怪物体が、何かを発射した。それは猛烈なスピードで、甲高い金属音とともに白煙の航跡を残して眼下のビル街へと降下していく。

「ミサイルよ!」

「な、なに!?」

 いきなり路上で大爆発が起こった。自動車が数十台まとめて吹っ飛ぶ。

「う、うわあ!?」

 続いて、付近のオフィスビルや銀行なんかが次々と炎と爆煙を噴き出していく。

 通行人が、慌てふためいて逃げ惑っている。こういうのをパニック状態というのだろうか。

 幾つもの真っ赤な炎の塊と黒煙とが絡みあって弾け、群衆はコントロールのきかない暴徒の群れとなっていた。

 眼下の街はまるで戦場のような騒ぎだ。エミなら、怪獣映画のワンシーンのようだ、というだろう。

「レッサー、これは一体…」

『例の宇宙犯罪者の一人だ。名を、ザルカンといったか。全宇宙でも最強の爬虫人類と言われるバラナス星系のガラノポーダ族の出身で、航宙艦の破壊や軍事施設などの爆撃を専門とする凶悪なテロリストだ。体の九十パーセント以上は機械部品に置き換えられているサイボーグで、今までに数千もの航宙艦や客船を撃沈している』

「にしても、またえらく派手にやるわねえ…」

 エミが窓の外を見下ろす。特撮映画のワンシーンを分析しているかのような口ぶりだった。

 会場にいた親子連れの多くも、窓際にはりついてやじ馬となっている。

「どうする、レッサー」

『う〜む、まともにやってもはっきり言ってとても勝てないことは分かっているが…私は一応保安要員だしなあ…』

「頼りないわねえ!」




 「くははははは!どうした、出てこい追跡者!」

 体内に埋め込まれたポッドからミサイルを連射しながら、ザルカンが大トカゲに似た顔を歪め、哄笑した。

 ザルカンは爬虫人類ではあるが、基本的には、あまり人間と変わらない体構造をしている。二本の腕と、二本の脚があった。

 ただ、背中からは翼が突き出ていたし、体の各所には様々な武器や装甲がごてごてと装備されているために、結果的にはお世辞にも人間に近いとは言えない外観となっていた。

「これだけやっても出てこないとは…この都市にはいないってのか?」

 攻撃の手を休め、幾条もの黒煙が立ちのぼる街を見下ろす。

「いや、そんなはずはない! かならずこの都市のどこかに星連の追跡者はいる筈だ!」

 一人でわめく。少し思案して、手をうった。

「もしかして奴ら、この俺に恐れをなしたのか?」

 図星である。

「まあいい。だらだらやるのは好かんし…核分裂弾で、一気に殲滅してやる」

 言って、ザルカンが身構えたときだ。

「そうはさせないよッ」

 突然、稟とした声が虚空に響く。

 振り返ったザルカンが見たものは、何の機械的サポートもなしに高空に静止している少女の姿だった。




(予告)
はたしてこの謎の少女の正体は!?
岩戸たちの敵か! 味方か!?





岩戸「表紙にもどるか? それにしても、ああ。懐かしいなぁ」


エミ「じじくさいわねえ。つづき読むわよ」