追跡者S改第1話「姿なき追跡者」4章(これで1話は終わりよん)
追跡者・改
第1話
「姿なき追跡者」
第4章


「あれか…!」

 窓の外には、のどかな田園風景が広がっているが、(ちなみに、この部室は地上四階にある)問題は、その、初夏の夜空に似つかわしくない怪飛行物体だ。

 最初は、黒い豆粒のようだったそれは、急速に大きくなった。かなりの速度で接近してきている。

『いいかアズマ、これから君の体の組織に私が干渉して君の肉体能力を強化、増幅する。私の精神エネルギーも付加するから、リラックスして闘えば勝てる!』

「闘う!? 人間相手の喧嘩でも勝ったことのないこの俺が、凶悪な宇宙人と!?」

 普通の高校生なら、いきなり、宇宙人と闘え!とか言われたら戸惑ってしまうのが当然だと思う。

『<増幅>してやるから大丈夫だ! 戦闘時には、君の肉体は拳銃の弾丸くらいなら軽く弾き返せるほどの防御力をもつようになるだろうし、走力やジャンプ力も常人の数十倍になるはずだ!』

「ほ、ほんとだろうな」

『…まあ、あくまでも推測にすぎんが。私も他人にこんなことをするのは初めてだからな、うん』

「そんな無責任な!」

「とかなんとか言ってる内に、来たわよ!」

「危ない、エミ!」

 窓の外一杯にその宇宙人の、7メートルくらいはありそうな巨体が広がったと思ったら、窓ガラスが周囲の壁ごと吹っ飛んだ。ガラス片やコンクリート片が、弾丸のように室内に降りそそぐ。俺はとっさにエミをかばって伏せた。

「ちょっとアズマ、大丈夫?」

「ああ、平気だけど」

 起き上がって自分の身体をチェックしてみる。鋭いガラス片が幾つもワイシャツとズボンを切り裂いていたが、俺の身体は無傷だった。

「おいレッサー、これって」

『もう<増幅>済みだ! 闘え、岩戸アズマ!!』

「…って、言われてもなあ…」

 半壊した部室の壁からは、その化け物の身体が覗いていた。

全身が真っ赤な毒々しい甲殼に覆われた、カマキリに似た怪獣だった。背中の羽で羽ばたいて空中に浮いているらしい。

『むぅ、ソドグロムか。奴は宇宙のあちこちで3000人以上の知的生命体を殺害した通り魔殺人鬼だ。まあ奴の種族は、星連の知的種族認定をぎりぎりでパスしたような頭の悪い連中ばかりだからな、攻撃も単調だ。この勝負、勝てる!』

「勝てる…ってあんた、どうやって…」
 俺がぶつぶつと文句を言ったとき、ヤツの腕に装備されている、死神の大鎌にも似た巨大な爪が一閃した。その象のような巨体に似ず、すさまじい速さだ。

「!」

 だが、その一撃を俺は見切った。見切って、身を伏せてかわした。見事に空振りした大鎌は、そのまま勢いあまって部室の床をざっくりとえぐった。確かに俺の肉体能力は増幅されている。これなら勝てるかも知れない!

「エミ、ここはあぶねえ! 逃げろ!」

「そうね、ちょっと危ないわよね。がんばってね!」

 心配そうに振り返りつつも、階段をかけ降りていった。

 エミは救いようのない特撮おたくではあるが、その場の状況が把握できないほど頭の悪い女ではない。むしろ、頭のきれる方だと思う。いくら怪獣好きでも、自分の命まで投げ出してまで観戦しようとするほど馬鹿ではない。

 ソドグロムが、四本の脚に装備された大鎌の全てを俺めがけて振り下ろした。

「わあああっ!」

ロロンもだが、背景にギララがいるでしょ(笑)
 俺は反対側の窓をぶち破って飛び降りた。

 その背後で、宇宙研の部室が完全に破壊され、爆発したかのように飛び散った瓦礫がバラバラと地上に落下する音が聞こえた。

「ふう、おっそろしかったぁ」

 四階分を一気に飛び降りて、グラウンドでため息をつく俺の目の前に、ソドグロムの巨体が降下してきた。

『来るぞ!』

 凄まじい地響き。グラウンドに無数の亀裂が走る。

 ソドグロムは甲羅におおわれた両腕を広げ、刃を俺に向けて振り下ろそうと構えた。

『奴の目を狙え!』

「よし!」

 刃が振り下ろされる寸前、俺は傍らに転がっていたコンクリート片を引っつかんだ。

 奴の頭部にある、昆虫のそれに似た四つの複眼めがけて投げつける。

 ぐわああああああッ!

 熟した果実が潰れるような、濡れた音を立てて複眼の一つが潰され、ソドグロムは絶叫した。

 盲滅法に巨大な刃を振り回し、斬りかかってくる。

「やけになってやがるな」

 俺の身体に紙一重のところで、ヤツの刃が空を斬った。切断された俺の髪が、パッと宙に舞う。

『いくら弱い相手とは言っても油断するな! 今のは危なかったぞ!』

「わかってるよ!」

 俺は自分でも不思議なくらい落ち着いて闘っていた。昔はクラスの悪ガキを前にしただけで腰がぬけてしまっていたのに、だ。

 俺の心の声を直接ききとったレッサーが即座に応じた。

『当然だ! あまり緊張しすぎて動作が鈍くなってはかなわんからな、私が神経系に手を加えてやってるんだ』

「それはどうも」

 言いながら飛びすさってヤツの攻撃を避ける。俺はヤツに背を向け、グラウンドを走り出した。『増幅』されているから、風になったように駆ける。

『どうした、なぜ逃げる』

「なぜって、よけてばっかじゃ倒せないからだよ! いったん離れて、必殺技の用意をしなきゃいけないもんだろ、こういう場合」

 俺は、疾走しつつ応える。その後ろを、たけり狂ったソドグロムが猛牛のように突進してくる。

 ときおり襲ってくる刃が俺の背をかすめ、グラウンドを斬り裂き、刃の風圧によって爆発したかのような大穴をあけていく。

『おお、そうか! 逃げてばかりじゃ倒せんな、確かに』

「だろ!? なんか決め技がなきゃ!」

 このへんは、エミに付き合って見せられた映画やビデオの影響だ。

『う〜む…』

「は、早くしてくれ! そろそろ疲れてきた」

 いくら<増幅>されているとはいえ、全力疾走しながらの会話はなかなかきつい。

 びしゅっという音とともに、俺はワイシャツの背がヤツの刃に切り裂かれる風圧を感じた。

「やばい! 早く〜!」
『……いやぁ、はっはっはっ! すまん! どうやって倒すか、ということまでは考えていなかった! こりゃまいった!』

「大ばかやろおおおおお!!」

 思わず絶叫。こいつ、実はけっこう間抜けなんじゃ…。

 泣きそうになりながら逃げ惑う俺の背後で、刃による攻撃が止んだ。

ソドグロムの走る地響きは相変わらず伝わってくるが…

 ぶうううううん

 その足音に混じって、妙なハム音が聞こえてきた。

「なんだ!?」

 しゅばっ!

 言った刹那、一条のまばゆい光線が俺の足もとの地面に突き刺さった。

『むぅ、ヤツめ。自分の身体をサイボーグ化しおったな。レーザー砲を複眼に仕込むとは』

 まるで他人事のような口振りじゃないか!

「どうしてくれるんだ! 俺はまだ死にたくねえ〜!」

 必死に走り、ヤツを引き離す。多少は余裕ができた。

『私の精神エネルギーで対ビームシールドを張ることは可能なんだが』

「じゃあさっさとそうしろ!!」

『それができんのだ。君が逃げ回っていたせいで、私の精神エネルギーの出力が落ちている。いまや私の精神と君の精神は一体になっているわけだが、精神エネルギーという代物は、肉体のエネルギーに比例するものでな。君が疲労し始めている今では、精神エネルギーの出力がシールドを張るには足りない』

「そ、そんなああ!」

 叫ぶ俺の目に、校門の側に佇むエミの姿が飛びこんできた。

「なんでここにいるんだ!?」

 俺の問いに、エミは目線を下にして、照れくさそうにいう。
「やっぱりアズマのことが気になるしさあ。それに、怪獣も見たいしで、戻ってきたの」

「あほかお前はあ!」

 怒鳴って、エミの隣で俺は急停止した。眼前に、ソドグロムの巨躯が迫りつつある。

俺はエミの前に立ちはだかった。

「エミ、下がってろ!」

『無茶だ、アズマ!』

 無茶は分かってた。でも、どうしても守らなければならないんだ…その時、俺は真剣にそう思っていた。

「アズマ!」

『そうだ! アズマ、エミの精神エネルギーを分けてもらえ!そうすれば何とかなる!』

「どうやって!」

 俺の眼前に迫ったソドグロムの三眼が、空電音とともに輝きだした。光線で俺もろともレッサーを殺る気だ。

『エミの手を握れ!』

 俺は、エミの手を思いっきり握りしめた。

『よし! 両手を前に突き出せ! シールド展開!!』

 俺の突き出した両手が閃光を発したかと思うと、直径1メートルほどの、オレンジ色に輝く光の丸盾が出現した。

 次の瞬間、ソドグロムの三眼が三条の光線を発射した。俺の発生させたシールドにぶつかった三条の光線は、収束された一条の強力なビームとなって反射された。

「やったあ!」

 反射したビームは、ものの見事にソドグロムの頭部に大穴をあけていた。

ぽっかりとあいた穴から、向こう側の夜空が見えた。

『さがれ!』

 レッサーの声に俺とエミが退いた直後、ソドグロムの巨体が焼け焦げた肉の臭いをまき散らしながら、どうっと地面に倒れこんだ。

「か、勝った…! ほんとに俺が勝てた! 俺はいま、猛烈に感動しているぅ!」

 感動している俺の頭を、エミが小突いた。

「ちょっとあんた、さっきどさくさにまぎれてあたしのこと『あほ』とか言ったでしょ!」

「え? そうだっけ」

「そうよ!」

 子供のように頬をふくらませ、むくれるエミであった。

「まあいいじゃないか、こうして助けてやったんだしさ」

「よくない!」

 さすがにちょっとむっときた。せっかく助けてやったのに、この娘は…!

「お前なあ、助けてもらっておいて、そーゆー言い方はないんじゃないか!?」

『まあまあ、二人とも喧嘩は止めたまえ。これから先は長いんだ、今から仲間割れしているようでは困るぞ』

「レッサー、お前にももうちょっと作戦っちゅうもんを考えてほしかったな。俺は危うく死ぬところだったんだから」

『お、いかん! 人が来たぞ!』

 白々しい。もちろん、嘘である。

「ごまかすなっての!」

 夜になってて本当によかった、と思った。これがもし昼休みなんかだったら、何人の人間に俺の姿が目撃されていたことやら。おそらくまともな人生は歩めなくなっていたことであろう。(それほどでもないか)





 俺は家につくなり、早々に寝込んでしまった。<増幅>によって体力を一気に使ってしまったせいで、どっと疲れが押し寄せたのである。

 翌日には学校は大騒ぎだった。校舎は破壊されてるわ、グラウンドは穴だらけだわ、おまけにナゾの巨大異星人の死骸は校門に転がってるわ、じゃ無理もないことだ。警察関係の人たちや、科学者たちがひっきりなしにやってきていた。

 エミは相変わらずだ。ときどき顔をあわす度に、聞きたくもないSFの話を聞かせてくれるし。

 で、レッサーはまだ俺の頭に居候していて、宇宙犯罪者どもはまだまだたくさんいる、などとよく言っている。

 戦いは、まだ始まったばかりなのだ、と。


                         [つづく]





レッサー「表紙へ戻るとするか」

エミ「第2話も読んだら、リュートちゃん特製実弾プラズマ発射ガメラあげちゃうわよ♪」
岩戸「いらねーよっ! みなさん、嘘ですよウソ!」

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